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第5回 たった一言が悲劇を招く―本当にあった怖い話〜通訳・翻訳の現場から見えるアメリカ文化

現役の通訳・翻訳家が、日々の現場で感じる日米の文化の違いや最新の翻訳事情など、英語を通して見えてくる「ちょっとした気づき」を紹介するコラムです。

第5回 たった一言が悲劇を招く―本当にあった怖い話

今回は、筆者の長い通訳歴の中でも、最も辛い思いをした一件についてお伝えします。

以前、ある日米プロジェクトで通訳をしていた時のことです。日本側と米国側のチームは日常的にリモート会議を行う一方、日本から担当者が訪れ、対面で会議をすることも頻繁にありました。

会議には基本的に通訳が付きますが、日本からの出張者の中には英語が堪能で、通訳を介さず直接やり取りする人もいました。悲劇は、そんな場面で起きました。

その会議は、日本側の担当者と米国側のエンジニアたちがプロジェクトの進捗を確認するいつも通りの会議でした。立場としては日本側の方が圧倒的に強く、米国側がその意向に簡単に異を唱えられるような関係ではありません。

そんな中、日本側から新しい要件と期日が伝えられました。その際、日本側の担当者が流暢な英語で、しかも笑顔でこう言ったのです。

「期日に遅れてもpunishmentはありませんよ」

その瞬間、エンジニアたちの表情はみるみるこわばりました。会議はぎこちない雰囲気のまま早々に切り上げられ、後日、プロジェクトそのものが休止される事態となります。

日本人の私には、発言の意図はよくわかりました。「遅れても罰則などはありません。心配しないでください」という、むしろ相手を安心させるための言葉だったのです。

しかし、英語のpunishmentは、「悪いことをした者に与える罰」という強い響きを持ちます。厳しいスケジュールの中、誇りを持って仕事をしていたエンジニアたちにとっては、到底聞き流せない言葉だったのでしょう。もし私が通訳していたなら、ここはpenaltiesなどと訳していたと思います。

その後、上層部の会議が開かれました。突然のプロジェクト休止に納得できない日本側が何度も説明を求め、米国側はようやく「実は、こういう発言があって……」と重い口を開きました。

日本側は事情を知ると、相手を責めることなく、発言した社員の真意を懸命に説明しました。一方、米国側も発言に悪意がなかったことは十分承知していました。それでも、現場で誇りを持って働くエンジニアたちの気持ちをないがしろにはできない——そんな強い意志が伝わってきました。

そうしたやり取りを感情を出さずに訳しながら、私はなんとも辛い気持ちになったことを今でも覚えています。

語学力が上がれば、通訳を介さず自分の言葉で話せるようになります。でも、そこには思わぬ落とし穴が潜んでいます。知っている単語だからこそ、疑うことなく口にしてしまう。そのたった一言が、時として思いもよらない悲劇を招くこともあるのです。

シュレーゲル 京 希伊子
翻訳家・通訳・ライター。東京都出身。1992年より2年間、在シアトル日本国総領事館に勤務。日本へ帰国後は、政党本部および米国大使館政治部にて、外交政策の調査・立案やスピーチ原稿の執筆を担当した。キヤノン元社長の個人秘書、国連大学ゼロエミッションフォーラム事務局長補佐を経て、フリーに転身。2014年より再びシアトルに拠点を移し、バイリンガルの一人娘を育てながら、ITマーケティングを中心に幅広い分野で翻訳・通訳業務を手がける。2024年以降は、ドラマや映画などの映像翻訳(日⇔英)にも活動の幅を広げている。主な共訳書に、金持ち父さんのアドバイザーシリーズ『資産はタックスフリーで作る』、『マクドナルド 7つの成功原則』、『よい環境規制は企業を強くする―ポーター教授の仮説を検証する―』などがある。高校時代にAFS交換留学生としてマサチューセッツ州で1年間ホームステイを経験。ジョージア、ニューヨーク、インディアナ、フロリダでの居住経験もあり、米国社会に精通。趣味はテニス、スキー、旅行、芸術鑑賞、読書、料理。TOEIC975点、英語検定1級、漢字検定2級、環境社会(eco)検定。