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退職生活13年〜シニアがなんだ! カナダで再出発

在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務した後に、2013年定年退職した武田 彰さんが綴るハッピー・シニアライフ。国境を超えるものの、シアトルに隣接する都市であるカナダのバンクーバーB.C.で過ごす海外リタイアメント生活を、お伝えしていきます。

退職生活13年

退職すれば自由な時間が増えると聞いていたが、趣味一つ持たない身にはそれがかえって恐ろしかった。おまけに65歳にもなって、見知らぬカナダの地へ移住することになったのだ。不安のあまり心療カウンセラーまで訪ねたのだから、今となっては我ながら笑ってしまうが、当時は特に夜が怖かった。

ところが案ずるより産むが易し。ホワイトロックに住んで最初に始めたピックルボール、バンクーバーに移ってから友人に勧められた社交ダンス——これらがどうやら私の「人生の救済措置」になったらしい。おかげでボケもうつも、今のところご遠慮願えているようだ。シアトルでの暮らしと大差なかったせいか、カナダにも案外すんなりなじめた。過去を知る人がいないというのもなかなか悪くない。身軽で妙に自由な気がした。

退職と同時にカナダへ移住し、最初の1年を過ごしたホワイトロックの海辺。新天地での第一歩。この頃何を考えていたのか、もう覚えていない

あと何年続けられるかわからないピックルボール。今は無理をせず、週3、4回、少し軽めに続けている

振り返れば早くも13年。旅もずいぶんしたが、ノーベル賞はもらっていないし、ピックルボールやダンスで優勝したこともない。そう、私の人生はだいたい2等賞止まりである。中学時代、クラスには手厳しい美術教師を親に持つ同級生がいて、テストはいつも満点、たまに98点を取ると悲しそうに悔しがっていた。その様子を横目に「自分だって」と奮起。オール5を達成したものの、やはり彼女には勝てなかった。その後、高校に入ると「やればできる」とかえって油断し、頑張るのをやめてしまった。怠け者の芽生えである。

その怠け癖が長年続いたせいか、最近、老化というものが静かに、しかし確実に加速しているのに気付く。まず近い記憶から抜けていく。人の名前、物の名前、昨日のこと、英単語。朝の起きがけなど、グラス一つ持ち上げるのにも妙に気を遣う。落としそうで怖いのだ。

やれ「このパドルはスライスしやすい」「パワーがアップする」「音が静か」とレビューに影響された結果、押し入れがこうなった

バンクーバーで始めた社交ダンス。上達したとは言い難いが、誘ってくれた友人と通い続けている。写真は友人と我が相棒ジェームズ

そんな時、ふと亡きシアトルの友、デイビッド・エンロス氏の言葉が浮かぶ。「ものにしがみつかず、さっと落としてしまいなさい。そのほうがすっと気が楽になる」——グラスの話ではなかったはずだが、妙に納得してしまう。さっと手放せる人間は強い。人生の秘訣は、力を抜いたところにあるらしい。もっとも、私はまだまだ修行中である。

そしてデジタル化。便利になったはずが、銀行などの担当者と話すことすら難しくなった。先日、契約しているケーブル会社の子会社から電話があり、話を聞いているうちに、いつの間にかその会社の携帯電話サービスを契約していた。クレジットカードの情報まで伝えたあとで「これはひょっとして詐欺では」と大慌て。調べてみると一応合法とわかり胸をなで下ろしたものの、やはり現在契約中の携帯会社「フリーダム」との契約を維持したくなり、慌てて新しい契約のキャンセルと元の契約の確認に動き出したが、「フリーダム」への電話はつながらず、チャットに問い合わせればWhatsAppに飛ばされ、口座の名義は相棒ジェームスの名義になっているので、あなたでは対応できませんと言われる始末——結局、何時間を費やしたことか。しかも相手はいつも外国語訛り。補聴器をつけても遠くなる耳には、なかなかの試練だ。どうにか新しい契約をキャンセルし、元の契約を維持できた。デイビッド氏なら「そんな古い契約へのこだわりなんてさっと手放しなさい」と言うだろうが、それができれば苦労はしない。

「便利になったはずのデジタル」に追いつくのに必死。同じ操作を若者に尋ねると、何でもないようにさっと指が動く。その差がなんとも悔しい

我が2等賞癖がジェームズにも乗り移ったのか、3年前に初参加したスーパーシニア・ピックルボール大会のダブルスでもやっぱり第2位

同じビルに住む73歳のシンガポール出身の友人は、毎朝目覚めると「私は健康で、裕福で、強くて、賢い」と自分に言い聞かせてから一日を始めるという。果たして私にそれができるかどうか怪しいものだが、こういう人が身近にいてくれるのは素直にありがたいことだと思う。

まあ、2等賞でもボケていないだけ上出来。今日も元気にラケットを握る。

いつも2等賞の自分だが、2019年にカナダ市民権を取得したときばかりは「やった」と思った。日本国籍を手放すのには少し胸が痛んだけれど

武田 彰
滋賀県生まれの団塊世代。京都産業大学卒業後日本を脱出。ヨーロッパで半年間過ごした後シアトルに。在シアトル日本国総領事館に現地職員として39年間勤務。政治経済や広報文化などの分野で活躍。ワシントン大学で英語文学士号、シアトル大学でESL教師の資格を取得。2013年10月定年退職。趣味はピックルボールと社交ダンス。