4月にオンライン開催された「第47回シアトル国際映画祭(SIFF)」では、3つのカテゴリーで合計25の力作が賞を勝ち取りました(www.siff.net/news/siff-2021-award-winners)。そのうち、観客の投票により選ばれるゴールデン・スペース・ニードル賞を受賞したのは以下の4作品でした。そして今回、私が個人的に注目したのは、「ポテト・ドリームズ・オブ・アメリカ(Potato Dreams of America)」です。受賞作と合わせ、今年観たい映画リストの参考にしてみてくださいね!
ゴールデン・スペース・ニードル賞
■最優秀作品賞
「悪は存在せず(There Is No Evil)」ドイツ、チェコ、イラン/2020
■最優秀ドキュメンタリー賞
「フー・ウィー・アー:クロニクル・オブ・レイシズム・イン・アメリカ(Who We Are: A Chronicle of Racism in America)」アメリカ/2021
■最優秀短編作品賞
「マイ・ネイバー・ミゲル(My Neighbor, Miguel)」アメリカ/2021
■レナ・シャープ女性監督最優秀賞
「すばらしき世界(Under the Open Sky)」日本/2020
勝手にレビュー!マイノリティーの人々が抱える心の葛藤
「ポテト・ドリームズ・オブ・アメリカ(Potato Dreams of America)」アメリカ/2021
SIFFに参加している映画の多くは、ワールド・プレミア、もしくは先行上映のため、事前に情報を収集することがなかなか困難である(特に日本語のレビューなどは皆無)。なので、どれを観ようかとかなり悩んだ。「ポテト」の付くタイトルがかわいいな、くらいの気持ちで、特に期待感もなく観始めたのが、このダーク・コメディー作品。ウェス・ハーレイ監督自身の「99%本当」のストーリーだ。
時は1980年代、ロシアがまだソビエト連邦(USSR)だった頃。「ポテト」の愛称で呼ばれる少年は、刑務所勤務医として働く母親のエレナとふたり暮らし。生活費を切り詰めて購入したカラーテレビに映るのは、夢と自由の国、アメリカだった。貧しい生活、厳しい労働環境に限界を感じたエレナは、豊かな生活を求め、シアトル在住の中年男性、ジョンと結婚を前提とした文通を始める。そしてついに、親子はアメリカで人生の再出発を遂げる。けれど、ポテトは大きな悩みを抱えていた……。
USSRでのシーンは全て、舞台劇のようなセットで繰り広げられる。ほぼ実話なので、ハーレイ監督の移住後の地元はシアトルであり、撮影はキャピトルヒルやクイーンアンなどで行われていたようだ。ハリボテのセット(USSR)から現実(アメリカ)への切り替えがあからさまだが、とても腑に落ちるやり方。同じタイミングで、主演の俳優をそっくり変えちゃったのにはびっくりしたが。
共産主義で育てられたポテトが思い悩んでいたのは、自分が同性愛者だという事実だ。憧れの国に住んでも自分は別の国から来たよそ者で、しかもゲイ。ところがもっと長い間、己の性に関して苦しんできたのは、保守主義で厳格に見えた義父のジョンのほうだった。
ふたりがそれぞれの告白をきっかけに心を通い合わすようになる、なんてシーンは特にない。けれど、全く異なった世界で生きてきた彼らが、似たような苦悩を抱えている。それは、どこにも理想の場所なんてないということを物語っているように感じた。家族が、国が、世界が変われば何もかもうまくいくのに……。そんな期待をしてはいけないのだ。いつでも前向きに、現実を強く踏みしめて生きてきたエレナだからこそ、同性愛者の息子も、トランスベスタイトである夫も受け入れることができたのである。
どんな時代背景、国にいても、人は悩み、その解決策として周囲の人や環境に変化を求めることがある。ただ、どこにいたって、誰といたって、自らを認められなければ何も始まらない。マイノリティーの人々が抱える心の葛藤を軽快なテンポで描き、低予算の手作り感ある映像がより深い印象を与える、今こそ観て欲しい映画のひとつ。何と言っても、ポテト少年はやっぱりかわいい!