一生に一度は行きたい南米
せっかくアメリカに住んでいるからには南米にまで足を伸ばしてみたいと、ペルーとボリビアへの旅行を決めた。一番の目的はペルーのマチュピチュとボリビアのウユニ塩湖。どちらも「一生に一度は行きたい世界の名所」などとしてたびたび名前が挙がるスポットだ。ウユニ塩湖には乾季(5 ~ 10 月)と雨季(11 ~ 4 月)があるが、絶景で知られるのは雨季。そこでウユニの雨季に合わせてスケジュールを組むことにした。大手旅行会社を利用すると予算オーバーだったため、飛行機やホテルなどすべて自分たちで手配した。
この旅の大きなポイントはスケジューリングだ。マチュピチュの標高は約2,400m、ウユニ塩湖にいたっては富士山とほぼ同じの約3,600m もの高さなのである。こんなにも高い所に行くのは初めての体験。慣れない高地で思うように行動できないこともあると考え、かなり余裕を持った日程を組むことに。標高の高い街でフリーの時間を多めにとることで、高地に徐々に体を慣らすようにしたり、街に着いてからもゆっくり行動したり速度を落として歩いたりして、できるだけ体に負担をかけないように気を付けたが、それでも高山病の症状による体調不良を何度も感じ、頭痛や息切れがしたり、気分が悪くて一歩も外出できなかったという日まであった。予定を詰め込みすぎなくて良かった、と旅を終えて心底思う。
謎の古代都市、マチュピチュへ
マチュピチュは、ペルーの首都クスコ県に属するインカ帝国の遺跡。クスコはインカ帝国時代からの首都であり、市街は現在世界遺産となっている。インカ帝国は1530年代からスペインに征服され多くの建物が破壊されたが、今も残る精巧な石造りの基礎や巨大な遺跡に圧倒され、建築技法や歴史的背景について知りたい好奇心でいっぱいになった。ガイド付きツアーも催行されており、私たちは「ダイニチトラベル」(www.dainichitravel.com)で約4時間の市内観光に参加し、市街やその周辺の主要な遺跡群を効率よく周遊することができた。
クスコからマチュピチュへは鉄道とバスを利用する。クスコの市街よりタクシーで15分ほど行くとポロイという駅があり、そこから鉄道で3 時間ほどでマチュピチュ駅に辿り着く。天井までガラス張りになっている車窓から風景を存分に楽しめるのが、私たちが利用した「ペルーレイル」の醍醐味だ。列車ははじめ、見渡す限り緑色の穏やかな田園地帯をゆったりと横切るようにして走っていたが、徐々に景色が険しいものへと移り変わっていく。今にも崩れてきそうな荒々しい岩壁の隙間を縫うように線路は延び、濁流のウルバンバ川と近づいたり離れたりを繰り返すうちに列車は終点に着いた。鬱蒼と茂った植物が絡み合った、現実世界からは隔絶されたような景色を見て、駅に降りる私の足取りは弾んでいた。ところが意外なことに、マチュピチュ駅の周辺には飲食店や土産物屋、マッサージ屋などがひしめいており、あちこちで客引き合戦が繰り広げられているのに、少々がっかりさせられた。
マチュピチュ駅からバスで約30 分かけてつづら折りの坂を登った先に、謎多き空中都市マチュピチュはある。この坂道は勾配が急でバスがかなり揺れるので、予め強力な酔い止め薬を飲んでおいて正解だった。駅前の雑多な感じとは異なり、ここは期待以上に神聖な雰囲気に満ちていた。マチュピチュの写真や映像は何度も見たことがあるが、実物を目の前にすると美しさのあまり言葉を失った。いったい先人はどうしてこんなところにこんなものを造ったのだろう。どんな人が? 何のために? どうやって? 疑問が次から次へと溢れてくる。謎に包まれた都市マチュピチュが多くの人の心を惹きつけて離さない理由が少しわかった気がした。ところどころを堂々と歩く体の大きなリャマに目を奪われながら歩いていると、先を行く人たちから驚きの声が聞こえた。山の合間に、太く大きな虹が二重にかかっていたのだ。これほどまでに色鮮やかではっきりとした虹を見たのは初めてだった。大自然が織りなす美しい光景に身震いがした。
翌日はマチュピチュの向かいにそびえ立つワイナピチュに登山した。朝は霧が立ちこめていることが多いらしく、この日も一面霧に覆われていた。高所恐怖症の私は何日も前からここに登ることが憂鬱で仕方なかったのだが、霧で周囲がよく見えないというのはある意味で幸運だった。ワイナピチュは滑落により命を落とす人もたびたびいるという険しい山。道は一応あるものの、ロープにつかまらないと登れないほど勾配が急な箇所や、岩壁の隙間に体を滑り込ませてやっと通れるような箇所もあり、かなりの体力と勇気が要される。四苦八苦しながら頂上に辿り着くと、先に登頂した人がたくさんいる。雲に阻まれお目当てのマチュピチュがまったく見えないため、晴れるのを待っているのだ。待つこと約1 時間、やがて眼下に遺跡が姿を現し始めた。雄大なマチュピチュが、ワイナピチュの頂からはまるでミニチュアのように見える。なんとも不思議な感動に包まれた。心ゆくまでマチュピチュを眺め、下山を開始。登ってくる人とすれ違うこともままならないような狭い道や、一歩でも踏み外せば谷底に転落するような断崖絶壁が続く、常に危険と隣り合わせの下山だ。しかし、不思議なことに高所恐怖症の私が、怖いと思うどころかすがすがしさすら感じていた。軽いクライマーズ・ハイの状態にあったのかもしれない。
入山地点に帰り着いてワイナピチュの全景を振り返った時は、達成感でいっぱいになった。マチュピチュに行く人がいれば私はぜひワイナピチュへの登山をおすすめしたい。
天国と見紛うような不思議な世界、ウユニ塩湖
ウユニ塩湖への交通手段は二つ。ボリビアの首都ラパスから飛行機を利用するか、あるいはラパスのバスターミナルより10〜12時間かけて夜行バスに乗ることだ。私たちは今回夜行バスを利用せざるを得なかった。飛行機に乗れば1時間ほどで移動できるが、このフライトは16~20人乗りという小型機なので、ハイシーズンともなればすぐに満席となってしまうのだ。ウユニに行くことを決めたらまずはラパスからウユニへの飛行機を予約すること、これがウユニ塩湖に旅行する際には重要なポイントだと知った。
バスは夜9 時にラパスを出発した。発車前のバスの中では乗客になりすました泥棒による置き引きが多いと聞いていたのでビクビクしていたが、発車してしまえば安全で快適な空間そのものだった。食事も2 回ついていたし、クリスマスの時期ということもあって『ホーム・アローン』の上映までしてくれた。
最後の4時間は未舗装の道を走るためとても揺れるのでなるべく早いうちから寝入っているように、と友人からアドバイスを受けていたので、車内の消灯とともに就寝したものの、残り4 時間ほどの地点で目が覚めてしまい、終点まで眠ることができなかった。といっても、揺れで寝つけなかったわけではなく、車窓から星空や朝焼け、アンデスに生息するラクダの仲間ビクーニャの大群を目撃して興奮しきっていたのだ。
周囲がすっかり明るくなった朝7 時ころ、バスはウユニに到着。小さな小さな街に80 社近くもあるというツアー会社から、日本人のクチコミで好評の「ホダカツアー」(穂高岳旅行社 www.uyunihodakabolivia.com)を訪ね、ウユニ塩湖への一日ツアーと翌日午前2 時からのサンライズツアーに申し込むことにした。参加者はほとんど日本人観光客で、新婚旅行のような男女や学生グループ、友達同士、中にはここに来るために高地トレーニングと10カ月間かけてスペイン語を習得してきたという一人旅の女性もいた。
ウユニ塩湖は一面が塩で覆われた大地で、その面積は日本の四国の半分ほどもある。果てしなく広く平らなこの大地に降り注いだ雨が一面に薄く張った状態が非常に美しく、人々の心を惹きつけるのだ。ただし、雨が降ったあとの晴天で、かつ風が吹かない日でないと最高の絶景には出会えない。
まず到着したのは干上がった塩湖。面白いことに、六角形のタイルを敷き詰めたようにひび割れた大地がどこまでも広がっていた。
あまりに広大なため遠近感がなくなるということを利用し、運転手兼ツアーガイドに言われるがままにポーズをとりながら何枚ものトリックアート写真をカメラに収めた。
いよいよ水の張った場所を求めて先に進んだ。ちょうど雨季だったのだが、ここ2週間ほど雨が降っていないという。それでも塩湖にはうっすらと水が張っている。見渡す限り鏡面のようになった塩湖の上にいると、自分が今立っているのがこの世なのかどうかすら分からなくなるような不思議な感覚に襲われた(表紙写真)。あいにく風が強かったため湖面にはたびたび波が立ち、完全な鏡張り状態ではなかったものの、朝から晩まで丸一日かけてのツアーでは、昼間の青空から美しい夕焼けまで空の移り変わりとそれを映し出す美しい湖面を存分に楽しむことができた。いったんホテルに戻って仮眠を取り、寒さに凍えながら深夜2 時から2 つ目のツアーに参加。街の灯りがまったく届かない真っ暗闇の塩湖に着くと、頭上に、そして湖面にも満天の星空が広がっていた。バケツいっぱいに入った星の粒を思いきりまき散らしたかのようだ。こんなにもたくさんの星を見たのは初めてだったので、興奮して寒さも眠気もすっかり忘れてしまった。夜明けに伴い徐々に明るくなっていく空と湖面を見ていると、自分がまるで天国にいるような不思議な心地がした。ツアーを終え朝8 時ごろホテルに帰着し床に就いたが、幻想的な景色が脳裏に浮かんでなかなか寝つくことができなかった。
南米旅行を通して感じたこと
自分があの美しい景色の中に立つことができたのは生涯忘れられない思い出だ。治安が良くないともいわれる地域へ行くことに躊躇もあったが、出発前に入念に下調べを重ね、現地でも常に細心の注意を払ったので、トラブルに見舞われることはほとんどなかった。同じアメリカ大陸とはいえ、シアトルから行く南米は予想をはるかに超えて遠かった。世界は広く、自分の知らないものやことで埋め尽くされているということをつくづく実感させられた旅であった
宿泊:$700(1 室× 7 泊)
食費:$320(16 食。空港での食事を含まない。朝食はすべてホテル宿泊代に含まれる。)
その他移動、入場料、ツアー代金、諸経費:$680 そのうち、文中で触れた部分は以下の通り。
・ペルーレイル(往復) $210
・マチュピチュ入場料 $40
・マチュピチュ入場料+ワイナピチュ入山料 $50
・マチュピチュ駅とマチュピチュのバス(往復) $40 × 2 回
・夜行バス(ラパス→ウユニ) $40
・ウユニ観光ツアー $30 × 2 回合計: 約$6,000
(文・写真:原ゆかり)