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日本企業が熱視線 未来の「AI首都」、シアトル

シアトルのスタートアップ企業と日本企業とをつなぐAIイノベーション・ミートアップ(以下AIミートアップ)を運営するイノベーション・ファインダーズ・キャピタル(以下IFC)。CEOの江藤哲郎さん、共同創業者のトム佐藤さんに、同ミートアップとIT業界の未来について語ってもらいました。

取材・文:室橋美佐

 

シアトルは、これからの30年間に起こるAI技術革新の中心地になります。どんな人でも活躍できる土壌がイノベーション分野にはあります。
➖トム佐藤

パソコン黎明期から40年

4年前に、久しぶりに一緒にシアトルを訪れたというふたり。佐藤さんは、「クラウドの急成長とAIベンチャーの急増を肌で感じました。シアトルはシリコンバレーよりも物価が低く、ビジネスの立ち上げに有利。人材も豊富。ここで何かやりたいと思いました」と、IFCを立ち上げた動機を語る。一方の江藤さんは「私はシアトルから、たくさんのチャンスをもらいました。自分を育ててくれた場所で、いつかまた仕事をしたいという思いがありました」と話す。 IT業界でのふたりの長いキャリアを知れば、AIミートアップを実現させた幅広い人脈とノウハウに納得がいく。

江藤さんと佐藤さんは共に、日本マイクロソフト(当時はマイクロソフト株式会社)の立ち上げメンバーだった。「創立当時の1986年は、ビル・ゲイツもまだ現場でバリバリ働いていた時代。一緒に日本企業を回り、商談をまとめていました」と、江藤さんは振り返る。 江藤さんは大学生の頃に雑誌でゲイツ氏のインタビュー記事を読み、「すごいヤツがいる!」と衝撃を受けた。

「何か人と違うことがしたい」と、就職活動ではマイクロソフト製品の日本代理出版をしていた株式会社アスキー(当時)と、 販売をしていたソフトバンクの2社を受ける。どちらも受かり、社長と直接会えたアスキーに入社。2年後、所属するチームで上司だった古川 享(すすむ)氏がヘッドハンティングで初代日本マイクロソフト代表取締役社長に就任し、江藤さんもチーム・メンバーと共に同社へ転職した。初期ウィンドウズ製品の営業マーケティングや広報を担当し、1991年に日本マイクロソフトを退職。それからは電通に25年間勤め、SAPのソリューションによる共通会計システムのアジア30拠点への導入や、イギリス広告大手であるイージス買収後のITインフラでの組織統合など、多くのIT関連プロジェクトを手がけた。

一方、14歳からロンドン育ちの佐藤さんは、大学卒業後にマイクロソフトのロンドン・オフィスに就職。80年代前半に同社がアスキーと共同開発したMSX(エム・エス・エックス)の西ヨーロッパ責任者を務めていた。「僕はアポロ世代。人類が月面着陸する映像を見て、そこに映っていたコンピューターに魅せられました」 大学時代、専攻したのは天文学と物理学だったが、独学でプログラミングを習得。「ファミコン」もまだ登場していない頃、8ビットパソコン用ゲームを独自に開発し、ROMカセットにして店舗に売り込んでいた。「その経験から、プログラムを開発して商品化するというプロセスが理解できていました」。

卒業後はとにかくコンピューター分野で就職したかったという佐藤さん。インターン先を探して業界の集まりに顔を出すうちに、「世界的なデファクト・スタンダード(事実上の標準)をつくる」と語るゲイツ氏に出会う。「僕も一緒にやりたいと思いました」 日本マイクロソフト立ち上げチームから声がかかると東京へ移り、日本語版ウィンドウズのプロダクト・マネジャーに。バブル全盛期の東京を楽しんだ後、90年代後半にドットコム・バブルを迎えていたシリコンバレーへ移住し、Eコマース運営会社を起業。これまでスタートアップ企業の資金調達や成長戦略のコンサルティング事業などを長年続けてきた。

シアトル企業のイノベーションを日本へ

IFCによるAIミートアップは、2016年から四半期ごとに開催され、現在ではワシントン州商務省の公式イベントになっている。これまで、日本進出を狙う地元スタートアップ企業のイノベーションを求めて、日本から多くの企業が参加しており、富士通、NEC、NTTデータ、三菱商事、ファーストリテイリング、電通国際情報サービスなど大手企業も含まれる。

東京を拠点にAIミートアップへ参加する日本企業を誘致している江藤さんは、「日本企業も、過去の日本流モノづくりによる成長神話にとらわれず、オープン・イノベーションの方向へ舵を切り始めています」と、説明。あらゆるモノをインターネットにつないでIT化する「IoT」は今や一般にまで浸透し、AI対応も待ったなしだ。技術革新のスピードに追い付くためには、オープン・イノベーションと呼ばれる社外組織との技術連携は欠かせない。「こうした分野のスタートアップ企業が集積するシアトルに、多くの日本企業が目を向けています」と続ける。

シアトルのスタートアップ企業もまた、日本企業との提携にメリットを感じている。消費者向けビジネスを展開する企業が多いシリコンバレーと異なり、マイクロソフト、ボーイング、アマゾンなど世界的企業の拠点があるシアトルは、ビジネス・ユーザー向けの技術サービス提供に特化する「B to B」のスタートアップ企業が多い。江藤さんは「日本でも大企業が強い販路を握っています。シアトルのスタートアップ企業もそれを心得ていて、日本の大企業に自社技術を売り込みたいと考えています」と、分析する。

シアトル側のスタートアップ企業誘致を担う佐藤さんは、今後の技術革新でインフラとなるクラウド・ホスティング分野がシアトルで急成長している点にも注目している。「マイクロソフトが提供するAzure(アジュール)、 アマゾンが提供するAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)がその代表。クラウドで存在感を強めているシアトルは、これからの30年間に起こるAI技術革新の中心地になります」と言い切る。 毎回、AIミートアップの会場となるのは、シアトル市内コロンビア・タワー40階のメイン・ホールだ。「大型コンベンションを開くよりも、小規模な商談会の場を頻繁に提供するほうが効率的」と、佐藤さん。イベント初日のプレゼンテーション会で、日本企業側は求めているイノベーションの分野を、スタートアップ企業側は売り込みたい技術・サービスを伝え、マッチングが成立すれば、翌日に個別商談となる。商談数は1回の開催で200件にも上る。

シアトルのスタートアップ企業は、日本へ出張することなく複数の企業と一挙に商談ができ、しかも相手の担当者はすでに興味を示しているため、話がまとまりやすい。これまでAIミートアップに参加したシアトルのスタートアップのうち6社が日本支社開設や上場企業との総代理店契約締結などにより日本に拠点ができた。同じく参加した日本の上場企業もシアトルへの進出が増え、今年に入って大日本印刷やデンソーが、シアトル市内でオフィスを開設している。

 

再び時代の大きな波に乗って

シアトルの成長性と魅力について執筆や講演を行う江藤さんは、自らを「日本でシアトルを売り込むセールスマン」と呼ぶ。2015年には、インズリー州知事のワシントン州貿易ミッションの一員として、東京セッションに参加もした。「25年前、ウィンドウズ95の誕生で個人向けパソコンが普及。インターネットも一般レベルに広がりました。そして今、その頃と同じような、もしかしたらそれ以上の時代の波が来ています。その波に乗るシアトル発イノベーションを、日本へ輸出するのが今の仕事。かつての仕事に似ているかもしれません」

江藤さんには日本への熱い思いもある。「日本は、この時代の波の中で変革しなくてはならない転換点を迎えています。冷戦後の世界マー ケットで日本の存在感が相対的に薄れてきているものの、それでもまだ多くの企業が力を蓄えています。今のうちに次の一手に出るとしたら、組むべき相手はやはりアメリカだと思うんです」と、日米の技術的パートナーシップを取りまとめる今の仕事に意義を感じている。

「AIはこれから、あらゆる分野で社会に大きな影響を与えていきます。シンギュラリティと呼ばれる、AI知能が2045年に人類を超える転換点の予測もあります。全体主義の国家や組織が操る危険性も大いにあり、アメリカや日本のような国がルール作りをしていくことはとても重要です」 これまでのキャリアの中で「今がいちばん面白い」と口をそろえるふたり。IFCでの新しい挑戦に意欲を見せる。

50歳を過ぎて初めて子を授かったという江藤さんは、プライベートでの転機も、さらなるステップへの後押しとなったようだ。佐藤さんも、「今後は、日本進出を遂げて成長軌道に乗ったベンチャー企業に出資するビジネスもしていきたい」と、未来のビジョンを明かす。 最後に読者へのメッセージを聞いた。「どんな人でも活躍できる土壌がイノベーション分野にはあります。僕も、プログラミングに秀でているわけではないけれど、ここまで仕事をして来られた。日本の若い人たちも、積極的にAI分野に飛び込んでいって欲しい」と、佐藤さん。シアトルと日本をまたいでITの波に乗ってきたふたりの勢いは、これからさらに拍車がかかりそうだ。

AIはこれから、あらゆる分野で社会に大きな影響を与えていきます。日本は、この時代の波の中で変革しなくてはならない転換点を迎えています。
➖江藤哲郎

 

⬛️AIイノベーション・ミートアップ ()
IFC主催の企業向けミートアップ・イベントで、2016年の開始から年4回開催。州政府や在シアトル日本国総領事館、地元企業からもサポートを受け、AI分野のイノベーションを求める日本企業とシアトルのスタートアップ企業とをマッチングさせている。IFCは、そこから実際のビジネスへ転じるプロジェクトやスタートアップ企業へ、ベンチャー・キャピタルとして投資を行う。次回は7月24日 (水)〜26日(金)に開催。コロンビア・タワー改修中のため、ピッチ・イベント(プレゼンテーション会)は25日(木)午後にシアトル市立図書館で行われる予定。詳細や最新情報はフェイスブック(www.facebook.com/innovationfinderscapital/)で確認を。