6月からシアトル・シーウルブズでプレーする山田章仁選手。「世紀の番狂わせ」と今なお語り継がれる2015年ラグビーW杯、優勝候補の南アフリカを撃破した伝説の試合に日本代表として出場し、そのほかにも数々の国際試合で活躍してきました。35歳の新たな挑戦にはどんな思いが込められているのか、インタビューを通してその生き様も見えてきました。
取材・文:ハントシンガー典子
写真:シアトル・シーウルブズ、シアトル・ラクーンズ、本人提供
山田章仁■福岡県出身。小倉高校、慶應義塾大学、ホンダ、三洋電機(現パナソニック)でラグビー選手として活躍。ラグビー日本代表、7人制日本代表、U19、U23日本代表、日本選抜を経験。2019年4月1日、NTTコミュニケーションズ シャイニングアークス入団。ポジションはWTB。今年4月6日にMLRのシアトル・シーウルブズとの派遣合意を得て、シアトルで6月6日からプレー。
メジャーリーガーとしてのデビュー戦
米メジャーリーグラグビー(MLR)は、2018年4月に初シーズンが開幕したばかりの若いプロリークだ。2021年シーズンは12チームで3月20日から試合が行われており、山田選手はビザ手続きの関係でシアトル・シーウルブズには6月から合流した。「初年、2年目と連続優勝(2020年シーズンはコロナ禍で開催中止)している強いチーム。みんな仲が良くて、いいヤツが多いなと感じました。多国籍ながら一体感があります。コーチ陣は新しいのですが、常にチーム・ファーストで考えてくれます」
初戦は6月6日の対ユタ・ウォーリアーズの試合。ポジションはいつものウィング(WTB)ではなくフルバック(FB)、15番での出場だった。2015年ラグビーW杯で言えば五郎丸歩さんが担ったポジションがFBだ。「最後尾でチームのかじを取る大事なポジションで、試合の流れ、選手の動きを見ながらマネジメントをする役割。FBの仕事はWTBとしてプレーする中で他選手から学んでいますし、スキルを生かせればポジションは関係ない。むしろ違うポジションで新しい自分を見せたい。最初ということもありチームに貢献したいと思っていましたが、マネジメントには悔いが残りました。残念です」 試合は終了間際に逆転を許し、28-29で惜敗。しかし、山田選手の表情からは、初めてのアメリカでの実戦、そして選手として久々に観客を前にしてプレーできたことへの喜びも伝わってくる。「観客の皆さんがスポーツの楽しみ方を知っていると感じました。コンパクトなスタジアムは、選手との距離が近い。選手の動きがスピーディーでコンタクトレベルが高く、日本よりパワフルなので、観ていて面白いんですよ」
渡米までの経緯
山田選手は2019年からNTTコミュニケーションズ シャイニングアークスに所属し、シーウルブズへは派遣の形でチーム入りを果たした。「元チームメートのアンドリュー・デュルタロがシーウルブズでプレーをしていて、オーナーのクリスとつないでくれたんです。日本のトップリーグのシーズン終了後すぐに渡米が決定しました。NTTコミュニケーションズ側も、アメリカでプロスポーツを勉強する機会となる今回のチャレンジに背中を押してくれて。日本の仲間も頑張れと送り出してくれました」
デュルタロ選手は2016年にスーパーラグビー日本チーム、サンウルブズで山田選手と共にプレーしており、2015年W杯と2016年リオ五輪7人制にはアメリカ代表として出場している。デュルタロ選手を通じて、オーナー陣のひとりでボードメンバーも務めるクリス・プレンティス氏との面談が実現し、「日米の懸け橋になれるよう経験を生かしたい」と直接、思いを伝えることができた。「アメリカのプロスポーツはビジネス面、マネジメント面において学ぶところが大きい。(2022年1月に開幕予定の)日本のラグビー新リーグはまだ実体がよくわからないのですが、今のタイミングでメジャーリーグに来たからには、ラグビーの経験のひとつとして、日本に持ち帰った知見を生かせればと思います」
山田選手はチームの中でも年長で、経験豊富だが、マネジメントの役割を担いつつも、一緒に学んでいく姿勢は崩さない。「まずはチームの信頼を得ることがスタート。静かな日本人というよりは、自分から積極的にコミュニケーションを取っていきたいし、何でもシェアしたい」と話す。「自分にとっては何でも新鮮。アメリカならではの楽しい、充実した時間を過ごしたいですね」と笑顔も見せる。
海外生活を見据えて
渡米後、1週間で練習のリズムもできてきた。ベルビューの自宅とタクウィラにあるホームのスターファイア・スタジアムを往復する日々。今回のシアトル行きが決まり、とても喜んでくれたのは妻のローラさんだ。「アイオワ出身の妻、ハワイ生まれの子どもたち含め、家族の母国ですからね。もちろん、妻は大賛成でした。いつも、人生が充実するようにやりたいことをやって欲しいとサポートしてくれます。家族みんなで試合も観に来てくれました」。初試合はあいにくの大雨で、山田選手も当然びしょ濡れになった。終了後、初試合フル出場のたかぶる気持ちを胸に、家族と写真を撮ろうと近づくも、子どもたちは「濡れてるね」とひと言。「ハグもさせてもらえなくて、がっかりでした」
4歳男女の双子、0歳の娘たち3人の父親でもある山田選手は「イクメンオブザイヤー2020」スポーツ部門も受賞しているが、その話をすると早速「イクメン」という言葉に反応。「男の人が家事をしたらイクメンなのかと、妻があまりよく思っていないので……。家事はお互いができる時に、というマインドになったのは妻のおかげです」。いちばんゆっくりできる試合翌日は家族で過ごすようにしているそうで、それも「家族サービス……あっ、これもダメか」とすぐに言い直す。「もともと(2015年の)結婚前後から、将来的にアメリカを拠点にすることを意識していました。これまでも1年の半分は家族の暮らすハワイにいましたし、アメリカ本土でスタートを切れたのは良かった。これが転機になればと思っています。ラグビーを通して、これから仲間を増やしていきたい。ようやくアメリカに来て『ファミリーに入れた』という気持ちです」
山田選手の場合、NTTコミュニケーションズからコーチが同行して来ているが、通訳はつけていない。これまでも海外生活を視野に入れ、英語力を磨いてきた。「海外志向が強かったんです。英語は小学生の頃から塾に通っていましたし、大学時代はオーストラリアにラグビー留学で1年滞在しました。ラグビーはコミュニケーションが要となるスポーツです。80分の試合中、自ら英語で他選手たちとコミュニケーションをどんどん取っていかないといけない」
シアトルに来てすぐ、気さくにコミュニティーの輪の中へ入っていく山田選手の積極性は目を見張るものがある。地元の日本人チーム、シアトル・ラクーンズの練習にも飛び入り参加して驚かせたそう。「軽くやるつもりが、ギア上がりました(笑)」。取材当日も地元のラグビー教室、イーストサイド・ライオンズ・ユース・アカデミーで子どもたちに交ざってラグビー練習。子どもたちに「アキと呼んで」とフランクに接しながら、流暢な英語でアドバイスをする姿が見られた。山田選手は今後、子ども向けクリニックなども行っていきたいと話す。「アメリカの子どもたちに教える中で、どんなラグビーをしているか知ることができたらいいですね」
ラグビーはグローバルなスポーツ
ラグビーの80分は「ルールのあるケンカ」だと山田選手は言う。「体をぶつけ合えるスポーツで、格闘技の要素があるラグビーは、アメフトなど接点の激しさを好むアメリカの土壌にも合う。声を上げるタイミングが明確なのも、盛り上がりにつながります」と、これからアメリカでラグビー人気が高まることに期待を寄せる。また、長くいればその国の代表にもなれるラグビーは、世界中に活躍の場があり、さまざまな国を訪れることができるのも魅力だと話す。「ラグビーはグローバルなスポーツなんです」
MLRで日本人選手が活躍するのは、2019年に瀧澤 直選手がオースティン・エリート(現オースティン・ギルグロニス)でプレーし、2020年からニューイングランド・フリージャックスに山田選手と同じく2015年W杯日本代表となった畠山健介選手が所属となり、山田選手で3人目。「健介は僕と同い年なんですよ。メジャーリーグは楽しいと聞いていて、いつか行きたいという気持ちが膨らみました。小さい頃から知っているので、異国の地でお互いの力をぶつけ合えるのを楽しみにしていました」。メジャーリーガーは日本の選手と何が違うのか。「何よりスポーツを仕事にすることに誇りを感じています。そのプライドや情熱はラグビーの発展に力となる可能性があるように思います」
ラグビー人気で言えば、今や日本も負けていない。日本で開催された2019年W杯の熱狂ぶりは記憶に新しいところだ。東京五輪では7人制ラグビー男女の試合も観られる。「日本人は熱しやすく冷めやすい。トップリーグが終わり、ちょうどぽっかりシーズンが空く時期ですが、SNSやブログ、YouTubeなどを通して今の日本代表選手やアメリカのラグビー情報を発信しながら、ファンにメッセージを送るようにしています。東京五輪は7人制代表もレベルが高いので、いいチャンス。女子ラグビーも盛り上がっています。このまま日本でもラグビー文化が根付くとうれしいですね」
日本は世界ランキング10位で、1位は南アフリカだ。しかし、山田選手は「そんなにそん色ない」と言い切る。「国際試合の対戦ポイントが付かないだけなので、ランキングの順位はあまり関係がありません。日本は今、相当強い。日本のいいところであるマネジメントの良さを生かして、色、オリジナリティーを出していけばチームも動く。7人制も全然、上位を狙えますよ」。ちなみに、山田選手に日本代表の注目選手を聞くと、「笑わない男」稲垣啓太選手ほか、引き続き日本代表キャプテンを務めるリーチ・マイケル選手、そしてフランスでプレーする松島幸太朗選手、同じNTTコミュニケーションズ所属のシェーン・ゲイツ選手などの名が挙がった。「ラグビーは後ろにしかボールを投げられないから、仲間がいないと成り立たないスポーツ。トライ、タックル、スクラム、そのシーン、そのシーンでヒーローが生まれる。得点した時に振り返ると仲間がいる喜び、それがトライの醍醐味でもあります。ラグビーで得た仲間とのつながりは、いろんなことに生かせる」
最後に、5歳からラグビーを続け、国際試合を含め多くの実績を残し、35歳の今も現役でプレーする山田選手の視点から、スポーツを頑張る子どもたちへのメッセージも聞いた。「中・高・大と、進学時はいろんな選択ができますが、僕はいわゆる強豪校ではなく、ラグビーも強いけれども、いろんな人間に会える、自分と違う考えにも出合える学校をあえて選びました。それが、今の自分を作ってくれたと感じています。チームでは、積極的に自分のいいところをアピールすると同時に、弱みを伝えて教えを請える素直さも大事」。その言葉からは、常に新しい自分を発見し続けることをやめない山田選手のしなやかな生き方が垣間見える。最近はラグビー以外でも、3人制プロバスケットボール・チーム、チョウフ シープ ドット エグゼのオーナー、Club House COFFEEカフェの共同経営など、さまざまな分野で挑戦を始めている。「ビジネスは試行錯誤の段階。いろんな出会いから見識を広め、自分を磨いていきたい。今はラグビーを武器としてグローバルに活動できていますが、将来はスポーツ外でもその経験を生かしていけたらと考えています」
<ホームゲーム>
対ニューオーリンズ・ゴールド
7月11日(日)6pm
対ヒューストン・セイバーキャッツ
7月15日(木)7pm
場所:Starfire Sports
14800 Starfire Way, Tukwila, WA 98188
料金:$25〜
問い合わせ:info@seattleseawolves.com
チケット・詳細:www.seattleseawolves.com