昨年9月にシアトルのスペクトラム・ダンス・シアターに入団した西友里江さんは、 同団唯一のアジア人ダンサーとして活躍している小柄な身体の表現者。日本で生まれ育った26歳の女性が、アメリカという国で今伝えたいこと、今だから伝えられることを探ってみました。
取材・文:渡辺菜穂子 写真:本人提供
もっと自由に、自分を出して踊る
ひとりの人間として踊ること
「ダンサーとしてというより、ひとりの人間として踊りたいと感じています」と、友里江さん。大きな笑顔が魅力的で、小柄な身体に潔い短髪がよりいっそう印象を深める。肩書きはコンテンポラリー・ダンサー。「コンテンポラリー=現時代」というように、既存のジャンルやステップにとらわれず、自由な身体の動きで表現するダンサーだ。
子どもの頃はバレリーナ志望だった。海外のバレエ団に入ることを目指してバレエに打ち込んでいた。バレエ以外のダンスに目を向けたのはティーンエイジャーになってから。「バレエってポジションや型が決まっていて、それに嫌気がさした時期があったんです」。それでもバレエを続けながら、大学でヒップホップやジャズダンスを学び、卒業後により多くの経験を求めてダンス留学を決めた。
ニューヨークのダンス・スクール、ペリーダンス・カぺジオ・センターでは、さまざまなスタイルのダンスを学んだ。同時にオーディションで奨学金を得て、トロントのコンテール・ダンス・カンパニーやヒューストンのMETダンスのサマー・ワークショップにも参加。国境なき医師団への寄付公演「Let’ s Talk about Love」への参加を依頼された時は、自ら振り付けもした。
昨年9月にシアトルのスペクトラム・ダンス・シアターに入団。「ディレクターに求められることを何でもこなせるようなダンサーになることが理想です」。そんな友里江さんだが、決して順風満帆というわけではなく、アメリカでプロのダンサーとして成長するための厳しい洗礼を受けているところだという。友里江さんは、これまででいちばん大変なのは「今」だと打ち明ける。
念願だった入団は果たしたが、唐突に役を降ろされたり、踊る場面を減らされたりする。「最近はディレクターの目を気にするようになってしまって……。前回のツアー公演ではドレスリハーサルの時点でソロを外され、理由を聞いたら『考え過ぎだよ』と言われました。いつも『小さい、小さい。大きく踊れ』と言われていたので、それを考えながら踊っていたんですが」
それまで、ディレクターの指示に添うことを考えて踊っていたという友里江さん。しかし、当のディレクターは「その方法は効果ないね」と、そっけない。思い悩む友里江さんに仲間のダンサーが言葉をかけてくれた。「監督のために踊っているわけじゃないだろう? 誰のために踊るの? 踊るのは自分のためだよ」。そこから、友里江さんは自分のために踊ること、ひとりの人間として踊ることを意識するようになる。
アメリカで、もっと自由に
友里江さんは、今後もずっとアメリカでダンスをやっていくつもりだ。「日本だとよりいっそう、怒られないようにペコペコしている自分が想像できて。それが嫌だなと思います。もっと自由に、自分を出していきたいです」。友里江さんがディレクターの目を気にしがちなのは、子どもの頃に所属していたバレエ団での体験がトラウマになっているためだ。初めてソロを任された小学2年生の時、「舞台でダメだと思ったら音を切るからね」と先生に言われた。ダンサーが舞台上で音を切られたら、どうすればいいのかわからない。子ども心に恐怖を感じながら、舞台に出た。その時の記憶が、いまだに頭をよぎると話す。
日本で踊ることとアメリカで踊ることの違いは何だろうか。「まず、アメリカのダンサーは目力がすごいです。眉間にシワを寄せて目を見開いて、目ん玉を光らせて。力強く、 エネルギッシュで、何かを訴えるように踊るんです」。一方、日本のダンスはしっとりとして、優雅で、美しい。日本にいた頃は意識していなかったが、アメリカに来て、自分が目を伏せて踊っていることに気付かされたと言う。ダンスの世界を取り巻く環境の違いも感じるそうだ。
「シアトルや ニューヨークの人々は、興味を持つ対象が広く、パフォーマンスにお金を使う人が多い印象です」。豪華な劇場であろうとも路上であろうとも興味を引かれ、見て、楽しんで、それ相当の対価を払う。芸術をサポートする企業スポンサーも多い。そのためアメリカでパフォーマーがリスペクトされ、 多くの傑作が生み出される好循環となっているのだろう。 それと比べ日本では、ストリート・パフォーマンスをしている人に対してやや偏見の目が混ざる。ダンスが好きな人は多いが、お金を払って楽しむという感覚がなかなか芽生えない。「日本では踊りで稼ぐことが難しいです。踊れば踊るほど、上手くなればなるほど、踊る側がお金を出さなければならないという仕組みもあります」
ダンスを通して、見せたい自分
友里江さんが所属するスペクトラム・ダンス・シアターは、シアトルを拠点とするコンテンポラリー・ダンス・カンパニー。背丈、体格、踊り方、人種、性格、スキルが異なるダン サーが集まっており、その多様性を特長とする。ソロなどではダンサーが好きに踊っていい、というより自分の動きを見せていかなければならない場合もある。「力強い踊り方と か、繊細な動きとか個性がかなり出て、面白いです。各ダンサーがこれまでやってきたトレーニング方法や、生きてきた環境の違いが表れます」
所属ダンサーは友里江さん以外、アメリカ生まれかカナダ人。人種問題などアメリカ社会をテーマとした作品も多い。「アメリカのことを知っておくと、より深く作品を理解できます」。そう言う友里江さんは、入団直後、テーマや背景を知らずに舞台に立ったこともあるそうだ。ア フリカ系アメリカ人のダンサー仲間は多いが、人種問題を語り合う機会もそれを訴えるような舞台もこれまでなかった。
日本で生まれ、日本で育った友里江さんには、別世界の物語にも思える。「たとえば『銃を持っ ている』という動きや、『銃を持っていない』という動きもあるのですが、最初に指示を出された時は、全くついていけませんでした」。しかし、そうしたことも貴重な経験だと思っている。
苦労話をしていても、どこか明るい。そんな友里江さんから、何かに全力で打ち込み、全力でもがいている人間のエネルギーを感じる。「私にとってダンスは、自分の魂みたいなものです。体格も含め、ダンサーとして恵まれた条件がそろっているわけではないですが、それでもダンサーとして歩んでいます」。身長150センチを切る友里江さんは、かなり小柄だ。「舞台に立つと、どっちかなんですよね。目立つか、邪魔になるか」と笑う。
ニューヨークを拠点に活動するマイク・エスペランザというダンサー が好きだと話す。「彼は背も高くなく、丸っこい身体をしています。だから可動域も少なく、フレキシブルに動けるわけでもないのですが、すごく魅力的なんです。ベア・ダンス・カンパニーというコンテンポラリー・ ダンス・カンパニーを運営していて、振り付けも素敵です」。友里江さんも、将来は自分自身のダンスを構築し、伝えていきたいと思っている。
「見てくれる人に感動を与えたいです。それぞれがどんな日常を過ごし ていても、ダンスを見ている瞬間にスカッと幸せな気持ちになってもらえたらと思います」
それぞれがどんな日常を過ごしていても、
ダンスを見ている瞬間に
スカッと幸せな気持ちになってもらえたら
西友里江(にしゆりえ)■ ダンサー。大阪で生まれ兵庫県西宮 市で育つ。5 歳からクラシックバレエを始める。武庫川女子 大学健康・スポーツ科学部でヒップホップやジャズダンスを学 び、卒業後にニューヨークのペリーダンス・カぺジオ・センター にダンス留学。2018 年 9 月よりシアトルのスペクトラム・ダ ンス・シアターに入団。ジャイロキネシス ® の公認トレーナー。
ウエスト・サイド・ストーリー
West Side Story
1957 年初演のブロードウェイ・ミュージカル。ニューヨークを 舞台に、人種の異なる不良グループ「ジェッツ」と「シャークス」の抗 争と、その争いに巻き込まれる少年少女の恋と悲劇の物語。振り付 けはジェームス・ロビンズ。シェイクスピア『ロミオとジュリエッ ト』を原案として、アーサー・ローレンツが脚本化。スペクトラム・ ダンス・シアターとフィフス・アベニュー・シアターの共同公演。
日程:6 月7日(金)〜 6 月 23 日(日)
場所:5th Avenue Theater
1308 5th Ave., Seattle, WA 98101
料金:$29 〜
チケット・問い合わせ:下記ウェブサイト、ボックス・オフィス(月〜金 10am 〜 6pm、土日 12pm 〜 5pm)または☎︎206-625-1900 詳細:www.5thavenue.org/show/west-side-story
スペクトラム・ダンス・シアター
Spectrum Dance Theatre
シアトルを拠点にその作品を世界に発信するコンテンポラリー・ダンス・カンパニー。1982 年に創設。2002年から振付家、ドナルド・バードが芸術監督として率いる。 https://spectrumdance.org