シアトルの知恵ノート
知っておくと暮らしが豊かになるヒントを、シアトルで活躍するさまざまな専門家の方に聞きます。
アメリカで子どもに日本語を伝えるということ
子どもたちに言葉を教えるとき、伝えたいのはその意味や表現だけでしょうか。本当に学んでもらいたいものは、言葉の奥にあります。
遊学舎
スミス美穂■キッズタイム保育園主任/土曜日クラス教員日本でモンテッソーリ幼稚園に勤務後、2004年に娘4歳、息子2歳を連れて渡米。我が子の日本語教育のためにリンウッドジャパニーズストーリータイムをスタートし、11年間続ける。その後、シアトル日本語補習学校にて10年間教鞭をとると同時に平日は遊学舎キッズタイム保育園に勤務し、今年11年目を迎える。2024年度より、同校にて土曜日クラスの小学生クラスの担任も兼任する。
Yugakusha
5031 University Way NE. #201, Seattle 98105☎206-719-1741info@yugakusha.orgyugakusha.org
言葉は行動を伴うもの。
体験を通してより印象的なインプットを
お月見の飾りを園で片づけていたとき、子どもたちの会話が耳に入りました。「もうお団子ないの?」という年少さんのつぶやきに、年長さんが、「そうだよ、もうお月見は終わったんだよ」と答えています。そして、その年少さんは「おうちでね、まん丸のお団子を食べた!」と教えてくれました。粘土で作ったお飾りのお団子でも、子どもにとっては家族と過ごした心地よい「十五夜」を十分に思い出させるものだったのですね。
日本には、古くから伝わる行事や節句、季節ごとの風習など、子どもたちに紹介したい伝統的な催しがたくさんあります。遊学舎キッズタイム保育園では、毎週異なる季節や行事などのテーマに沿って、実物を見たり触れたり、時には食したりしてもらいます。日本でしか経験できないものは動画で紹介することで、子どもたちの感覚にすとんと落ちていくのが感じられます。気づいたことや自分の知っていることをたっぷり話し合った後は、工作をし、帰りのお集まりでも、関連する絵本を読んだり歌を歌ったりします。このように、1日の中で何度も子どもたちの心に言葉と体験をつなげてインプットさせます。年少さんはまだきょとんとしているものの、年長さんにもなると自ら「年中さんの時やったね」「これ知ってるよ!」と誇らしげな顔を見せてくれます。
アウトプットで幸せな体験を積み、
言葉の引き出しを定着させる
インプットと同じくらい大切なのは、子どもたちがアウトプットをする機会を作ることです。
子どもたちは工作が大好きです。それは、作った工作を見て、誰よりも嬉しそうな顔でお話を聞いてくれるおうちの方がいるという、幸せな体験があるからです。アウトプットを気持ちよくさせてもらえる人や環境が多ければ多いほど、その言葉や出来事を印象的に覚え、次の意欲や自信にもつながっていきます。
大人は、子どもが話しているときに手を止め、視線を合わせ、うなずきながら、しっかり耳を傾けて「聴く」ことが大切です。間違いを訂正したり、過剰な褒め言葉や物理的なご褒美は必要ありません。子どもが何をインプットして帰って来たのか、それをどのように家でアウトプットしてくれるのか。「ううん、ちがう」と「そう」のふた言の返事で終わるような質問はなるべく避けましょう。「今日何したの?」といった大きな質問ではなく、たとえ園だよりの情報で前もって知っていたとしても、知らなかったふりをして、「もしかして、○○のこと先生が言ってた?」など会話を引き出す問いかけをし、「そうなんだ」、「へえ」などとうなずいてあげてください。そして、関連する出来事があれば一緒に調べたり、言葉を繰り返し使う機会を与えてあげてください。
柔軟な時期に学んだことは、将来きっと役に立つ
日本文化に触れる経験なくして、日本語習得は困難です。日本を離れて暮らしていると、やむをえず日本語学習から離れてしまう時が来るかもしれません。それでも、幼い頃に育んだ文化や言葉の「引き出し」は簡単に消えるものではありません。成長した子どもが再び日本語の必要性を感じた時、その引き出しが一番前にひょっこりでてきたりします。「ああ、この歌は幼いころ何度も歌ったあの歌だ」、「秋になるとこの手遊びをいつもしたな」。日本を訪れて、「ああ、これは体験したことがある」、「もっと知りたい、話したい」。そういう日が必ずくると私たちは知っています。
この幼児期の子どもたちの心にひとつでも多くの日本文化の引き出しを作り、それが将来豊かに花開くことを、私たちは毎日願っています。