子どもとティーンのこころ育て
アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。
イネイブラー ~気付かないうちに相手をダメにする人~
「こんなに一生懸命やっているのに、なぜ子どもは言うことを聞いてくれないの?」、「言えば言うほど事態は悪化するばかり」という経験はありませんか。そんなとき、もしかしてあなたは「イネイブラー(Enabler)」になっているかもしれません。
イネイブラーとは、身近な人を心配して良かれと思って行うことが裏目に出て、逆に相手の問題行動を助長してしまう人のことを言います。もともとは、アメリカでアルコール依存症の治療において、患者が病院や自助グループで治療を受けて回復したあと、家に戻ると再発してしまうことから研究が進められました。そして、アルコール依存症の家庭には患者の飲酒を促進してしまう人がいることが明らかにされたのです。1980年代くらいから、こうした人を、問題行動を「可能にする人」という意味で「イネイブラー」と呼ぶようになりました。また、面倒をかける人とお世話をする人という役割が固定化した機能不全な関係は、いわゆる「共依存(Co-Dependency)」でもあります。現在では、ゲームやギャンブルなど、ほかの依存症に加え、DV、ひきこもり、その他の心の病気にも、こうした共依存関係が見出されるようになっています。
それでは、実際にイネイブラーの行動とはどういったものなのでしょうか。主に、相手を変えようとして、相手の「行動」、「理由」、「結果」をコントロールします。まず、最初の「行動」では、問題行動自体をやめさせようと躍起になります。たとえば、ゲーム依存の場合、毎日説教をして口げんかになり、挙げ句にゲーム機やパソコンを取り上げます。次の「理由」では、ゲームする理由をコントロールします。退屈させないように外に連れ出したり、ゲームをしなかったら報酬を与えるなどして機嫌を取ったり、ゲームの話題を避けて顔色をうかがったり、ということが挙げられます。最後の段階の「結果」では、本人の問題行動により生じた不利益の後始末をします。ゲームで夜ふかしをして朝起きられない子どもを起こしてあげる、学校に「体調が悪い」と連絡を入れてそのまま寝かせておく、などが考えられます。子どもが怒って壊したものを片付けるなども典型的な例です。本人は失敗体験から自らを省みる機会がなくなり、逆にこうしたお世話(コントロール)に反発し、「全て親のせい」という他責思考になっていきます。
イネイブラーになりがちな人の特徴は、「自分が何とかしなくては」という責任感の強い人、自分よりも他者を優先するタイプの優しい人で、いわゆる「いい人」タイプ。普通の人だったら「関わると面倒だな」と敬遠する人に対しても優しく接するような人です。こうした優しさと責任感が裏目に出て、相手の問題を自分が肩代わりし、問題解決のできない依存型の人間に相手を育ててしまうのです。
それでは、どうすればいいのでしょうか? まずは、「私が何とかしてあげなくてはこの子はダメになる」という価値観が自分のアイデンティティーになっていることを自覚し、それを手放すことです。「自分さえ我慢すれば家族はうまくいく」という自己犠牲の精神、問題に直面することへの恐れもあります。まずは、これまでの自分を、つらい状況の中でよくやってきたと褒めてあげてください。そして、専門機関の助けを借りることが必須。これからは問題行動の責任は本人に取ってもらうことを本人に伝え、自分はお世話をやめること。新しい対応の仕方を学びながら、本人が少しずつ自立していくよう導いていきます。
本当の愛情とは、本人の痛みを和らげようと責任を肩代わりすることではなく、本人が痛みを感じている時にそばにいて精神的な支えになってあげることです。前者はイネイブラー、後者はヘルパーとも言えるでしょう。イネイブラーは本人の自立する力を奪い、ヘルパーは本人の自立する力を伸ばします。「この問題の責任は誰に帰結するのか」と常に自分自身に問いかけ、子どものヘルパーになれるといいですね。
*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH