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ヤングケアラー~大人の役割を担う子どもたち~

子どもとティーンのこころ育て

アメリカで直面しやすい子どもとティーンの「心の問題」を心理カウンセラー(MA, MHP, LMHC)の長野弘子先生(About – Lifeful Counseling)が、最新の学術データや心理療法を紹介しながら解決へと導きます。

ヤングケアラー
~大人の役割を担う子どもたち~

ヤングケアラーという言葉があります。大人の代わりに掃除、洗濯、料理を行ったり、祖父母のお風呂や着替えの介助、下の子の世話をしたりなど、家族の介護や家事を日常的にせざるを得ない18歳未満の子どもを指します。家の仕事で手一杯になり、部活や進学をやむなく断念するケースも。安心感や愛情を得る機会に恵まれないまま成長し、人間関係や社会生活にも深刻な影響を及ぼすことが認識されつつあります。日本では、中学生の約17人に1人(5.7%)、高校生の約24人に1人(4.1%)がヤングケアラーとして1日平均4時間をケアに費やし、その3割は学校を休みがちに。また、アメリカでも140万人の未成年者がヤングケアラーに該当し、そのうちの40万人は11歳以下と推測されています。

これまで見てきた子どもの中にも、母親が父親から家庭内暴力(DV)を受け心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、代わりに小さな兄弟の世話をしている子、重度の障害を持つ兄弟の介護に加えて情緒不安定な親を精神的に支える子、病気の親の介護と家事をひとりで担っている子など、さまざまなヤングケアラーがいました。躁うつの状態を繰り返す双極性障害の親の面倒を見てきた子は、思春期に入ってからは湧き上がる怒りが抑えられず自傷や暴力行為に走り、「自分も親のようになるのが怖い」と涙ながらに語りました。また、精神疾患を持つ親の世話と勉強の両立に疲れ果てた高校生が、自殺を試みたこともありました。ヤングケアラーの多くは親子関係が逆転しており、自分よりも家族のニーズを先行させて自分の気持ちを抑え込んでいるので、「これが自分だ」という確固とした自我を形成することが困難になります。その結果、自他の区別があいまいで境界線のない「共依存」と言われる関係に陥りがち。「Enmeshed(網の目に絡まる)」な関係とも言いますが、家族が苦しんでいる時に自分が友だちと楽しむことに罪悪感を覚えたり、その逆に家族が自分の思い通りにならないと激怒したりと、人間関係の程良い距離感が保ちにくい状態と言えます。学校では明るく「普通」を装っていますが、辛い気持ちを誰にも打ち明けられず、ひとりで抱え込んでいる子どもも大勢います。

英国ではヤングケアラーに対する取り組みが30年前から進んでおり、2014年にはヤングケアラーの「支援を受ける権利」を認める画期的な法律が制定されました。現在では、休みがちだったり、宿題が出せなかったりする子どもに対して学校側は質問表を使って聞き取りをし、該当者を「ヤングケアラーズ・プロジェクト」と呼ばれる支援団体に紹介してさまざまな支援を提供しています。日本やアメリカでもヤングケアラーの認識が高まりつつあり、日本では今年5月、全国に「ヤングケアラー相談窓口」を設けることを発表。アメリカでも米若年介護者協会(AACY)などの支援団体やサポート・グループが地道な支援を続けており、今後は法的な基盤作りが求められます。

身近にヤングケアラーがいる場合、どうしたらいいでしょうか。まずは、その子の気持ちを聞いてあげること。自分が何をしたいかわからない子どもも大勢いるので、欲求を持つのは自然なことだと伝えてから「本当は何がしたい?」と聞いてあげるだけでも、子どもの気持ちは楽になります。遊びや食事などに誘って孤独感を和らげてあげるのもいいでしょう。また、勉強が遅れがちになるので宿題を手伝ったり、ストレスへの対処スキルを教えたり、ご飯を持たせるなど間接的に経済的援助をすることも大きな助けになります。

さらに、家族に支援を受ける必要性を理解してもらうことが大切です。子どもが家族の面倒を見る状況に一時的に置かれる場合もありますが、長期にわたり大きな負担を背負わされている場合、国際労働機関の規制対象である児童労働、またはネグレクトに該当する可能性があります。介護はれっきとした労働。本来家族の面倒を見るのは大人ですし、ヤングケアラーに支援の手を差し伸べるのも大人の仕事です。ひとりでも多くの子どもが支援を受け、彼らが自分自身の人生を謳歌できるよう切に願います。


*同記事は、ノースウェスト大学院で臨床心理学を専攻し、シアトル地域の大手セラピーエージェンシーで5年間働いたのちに独立し、ライフフル・カウンセリングで米ワシントン州認定メンタルヘルスカウンセラー(認定ID:LH60996161)としてセラピーを行う長野弘子さんが、学術データや経験をもとに執筆しているものです。詳しくは、ライフフル・カウンセリングなど専門家へご相談ください。

(リソース)

米若年介護者協会(AACY American Association of Caregiving Youth
https://www.aacy.org

米ヤングケアラー・サポートグループ Young Caregivers Community – The Caregiver Space
https://www.facebook.com/groups/745023718998556/

ワシントン州介護者支援サイト Support for Family Caregivers
https://washingtoncommunitylivingconnections.org/consite/explore/support_for_family/

電話番号:1-855-567-0252

(参考資料)

厚生労働省:ヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/young-carer-pt.html

アメリカ心理学会:「お世話をする若者(Young Caregivers)」について
https://www.apa.org/pi/about/publications/caregivers/practice-settings/intervention/young-caregivers

NHK:ヤングケアラー支援の先進地イギリス ソール・ベッカー教授に聞く
https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20210430yc.html?f=wr-20210525yc

長野 弘子
ワシントン州認定メンタルヘルス・カウンセラー(認定ID:LH60996161)。ニューヨークと東京をベースに、ジャーナリストとして多数の記事を寄稿。東日本大震災をきっかけに2011年にシアトルへ移住し、災害や事故などでトラウマを抱える人々をサポートするためノースウエスト大学院で臨床心理学を専攻。米大手セラピー・エージェンシーで5年間働いた後に独立。現在、マイクロソフト本社の常駐セラピストを務める。hiroko@lifefulcounseling.com