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常識の帽子を脱いで…『Art and Craft』

どこかスノッブなイメージがある美術界は、奇妙で滑稽な事件が起きやすい業界のようだ。本作の中心人物は贋作家のマーク・ランディス。彼は自分の描いた贋作画を富豪の慈善家を装って、無償で美術館に寄贈し続けた男である。15世紀の聖画像からピカソ、スヌーピーの線画まで多種多様なテクニックをマスターした彼の贋作は完璧。偽物の疑いを持つ美術館や学芸員がいないまま、なんと過去30年間、米国20州にわたる中型美ARTANDCRAFT_4館にさまざまに身分を偽って、寄贈を続けていたのである。ところが、FBIは彼を逮捕することが出来ない。なにせ彼は一度も自分の贋作で金銭を得たことがなく、犯罪に当たらないと言うのだ。

彼はなぜこんな行動をし続けたのか? 天才詐欺師か、愉快犯か、それともパフォーミング・アートティストか。大方の予想を裏切るランディスの行動の謎をひも解いていく異色のドキュメタリー映画で、美術好きの人なら特に楽しめる作品だろう。

監督のサム・カルマンとジェニファー・グラウスマンは、2011年にランディスを取り上げたニューヨーク・タイムス紙の記事を読んで強い関心を持ち、彼へのインタビューを皮切りに、贋作作りに没頭する日常と彼の贋作を見つけた元美術館員の執念、ランディスの作品を集めた展示会に至るまでの過程を見せていく。

ランディスはティーンの頃に分裂症や人格障害などの精神疾患を患い、長年入院生活を続けた。退院後に写真や美術の勉強をし、画商をしていた時期もあったようだが、再度の入退院後に贋作製作と寄贈にハマってしまった。「寄贈すると美術館の人に敬意をもって扱われるのが良かった」と言う。現在は教会の神父を装って贋作寄贈を続けているが、誰も彼を止めることが出来ない。

精神科に通院を続ける彼には贋作寄贈への罪悪感はゼロ、理屈で正当化しようという意思もない。彼は自宅ベッドの上で、古い映画のビデオをつけたまま、力むことなく贋作を量産する。そんな楽し気な彼を見ていると、贋作贋作と騒ぐのは高名な画家の作品が権威と金を生み出す美術界の理屈であり、ランディスにとってこれは、単なるクラフトでホビーに過ぎない。出来たものを人にあげて喜ばれるならどこが悪い、という気にもさせられる。常識の帽子を脱いで、ちょっとクラクラしながら彼の話に耳を傾けてはどうだろう。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。