BOOKS
10年の節目に読みたい、紀伊國屋書店シアトル店の永井泰伸店長おすすめの東日本大震災にまつわる書籍3選。
災害特派員 三浦英之(朝日新聞出版)
悲しみと共に生きていく、遺族の歩みを描く
今年2月の発刊。震災が過去のものになりつつあるという視点から、当時の記録を元に震災を振り返ります。現地で交流を持った、さまざまな人のエピソードが紹介され、壮絶な震災経験にもかかわらず前に進もうとする姿に胸を打たれます。そして、自然災害を前にした人間の非力さを改めて感じさせられます。被災の全容を知ることは難しく、被害を受けた人々やメディア、公務員など、それぞれの角度から知ることでしか歩み寄る術がないような気がします。「人を殺すのは『災害』ではない。いつだって『忘却』なのだ」という一文が、10年の節目に立った今、心に響きます。未来へつなげていく口調には希望や救いが感じられます。
紙つなげ! 佐々涼子(早川書房)
従業員のひたむきな姿に胸が熱くなる
紀伊國屋「キノベス!」ランキング1位にもなった評判の高い作品。冒頭には従業員にインタビューした詳しい津波被害の描写があり、後半にかけて工場を立て直していく過程が描かれます。震災当時、出版社によっては本の在庫が津波被害に遭い、補充ができなかったとも聞いており、業界が受けた打撃をどう乗り越えるのかというストーリーは読み応えがありました。いつも何気なく手に取る本が、自分の元に届くまでにどれだけ多くの人が関わりながら作られていくのかを知ることができます。苦難を乗り越え、誇りを胸に再生の道を歩んだ日本製紙従業員の物語は、ヒューマンドラマとしてもビジネス書としても一読の価値があります。
想像ラジオ いとうせいこう(河出書房新社)
謎解きのヒントは「想像力」
ラジオのような、さらっと明るい語りの部分が多く、読みやすい。「想像」で届けるラジオとはどういうことだと思いながら、時々本の中で流される曲を実際に聴きつつ読み進めていくと、次第に状況が見えてくるのです。「霊」や「スピリチュアル」といった言葉は使わず、あくまで「想像力」で対話しながら死者と生者がつながり、乗り越えていく関係を描いた物語。少しずつ与えられるヒントを手掛かりに、次第にDJアークの正体がわかってきます。著者のいとうせいこう氏は今年、『福島モノローグ』という書籍も出しています。『想像ラジオ』が話す本なら、『福島モノローグ』は聞く本と言えるかもしれません。
MOVIES
ソイソース編集部が、実話に基づく物語とドキュメンタリー3作品をセレクト。
Fukushima 50 フクシマフィフティ
(松竹、KADOKAWA、2020年3月6日公開) 監督:若松節朗 出演:佐藤浩市、渡辺 謙ほか
震災時の空気をリアルに再現
今年の第44回日本アカデミー賞では最多となる6部門で最優秀賞を受賞した作品。津波により浸水被害を受けた福島第一原子力発電所(イチエフ)で、原子炉を冷やさなくてはメルトダウンで広範囲にわたり壊滅的被害が出ると試算されると、現場は「ベント」と呼ばれるハイリスクな排気操作の実行を迫られる。官邸や本店の指示に憤りを感じつつも、作業員たちは体ひとつで原子炉内に突入し、手作業での作戦を決行した。
舞台となる1・2号機中央制御室や緊急時対策室のセットは細部まで作り込まれ、まるで実物のよう。トモダチ作戦のシーンは在日米軍横田基地で、日本映画史上で初めて米軍の協力を得ながらの撮影が行われた。現場を知る人も認める精巧な映像を通し、10年前のこの日、何があったのかを見届けたい。
風の電話
(ブロードメディア株式会社、2020年1月24日公開)監督:諏訪敦彦 出演:モトーラ世理奈、西島秀俊ほか
岩手県大槌町にある電話ボックスがモデル
東日本大震災により家族を失った17歳の高校生、ハル。広島で暮らす優しい叔母・広子の元で、日常を取り戻していく。しかし、広子が倒れてしまったことをきっかけに再び大きな喪失感を抱いたハルは、震災以降一度も帰っていなかった故郷の岩手県大槌町へと向かう。旅の途中、さまざまな人に会い、励まされながら、故郷にある「風の電話」を目指す。2020年の第70回ベルリン国際映画祭で国際審査員特別賞を受賞。岩手県大槌町に実在する電話ボックスは、2011年にガーデン・デザイナーの佐々木格(いたる)さんが自宅の庭に設置したもので、中には電話線のつながっていない黒電話がある。「天国につながる電話」として知られ、訪問者は4万人を超える。何年経っても忘れないという気持ちに向き合わせてくれる電話ボックスに、ハルは何を思うのだろう。
津波そして桜 The Tsunami and the Cherry Blossom
(HBO、2011年9月12日公開)
監督:ルーシー・ウォーカー
イギリス人監督が表現する日本人の死生観とは
イギリス人、ルーシー・ウォーカー監督により制作されたドキュメンタリー映画。津波の濁流が町を飲み込み、家や車が押し流される中で高台に人を逃がそうと叫ぶ声、津波が去ったあとのがれきの中、カゴを手に歩く女性、被災地で捜索活動を行う自衛隊の後ろ姿など、当時の様子が克明に浮かび上がる映像ばかりだ。涙ぐみながら話す人や疲れた表情の人など、被災者の生の姿がそのまま記録されている。倒壊した家屋を背景に咲く桜が印象的なこの作品では、絶望的な光景の中でも咲く桜に「短いから、美しい」と特別な気持ちを持つ日本人の感性と、復興への希望をにじませる被災地の人々にフォーカスを当てる。2012年2月の第84回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞ノミネートほか、数々の映画祭で受賞。