冷戦時代を振り返る意味
『Bridge of Spies』
(邦題『ブリッジ・オブ・スパイ』)
スティーヴン・スピルバーグ監督の最新作は、13年の『リンカーン』に続く実話に基づいた歴史ドラマだ。
米ソ冷戦下の57年、保険専門の弁護士ジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)は、ソ連のスパイとして逮捕されたルドルフ・アベル(マーク・ライランス)の弁護を任される。戸惑うジェームズだったが、検察側が被告の権利を無視した公判を強行するのに対して、断固とした弁護をし、死刑から被告を救う。だが、スパイを弁護したとして世論の轟々たる非難を浴びてしまう。
60年、ソ連を偵察飛行していた米のスパイ機U-2が撃墜され、パイロットが捕虜となる。これを機に米ソ二国は秘密裏に、服役中のルドルフとパイロットの交換交渉を始め、またしてもジェームズが交渉の矢面に立つことになる。
前半ではジェームス自身が書いた弁論が再現され、被告の権利を守るという彼の弁護士として立場と主張を見せていき、後半はベルリンに舞台が移り、厳しい環境下でスパイ交換交渉に当たるジェームスの様子が描かれていく。政治的スリラーの側面も持った作品だが、過度にスリルに陥ることなく、軽いユーモアを交えながら最後まで歴史ドラマとしての枠を保ち、安定感のある作品となった。本作のハンクスははまり役過ぎて面白みに欠ける嫌いがあったが、彼だからこそ演じられる誠実な弁護士の説得力は否定できないものがあった。
全編を通して背景からセット、通行人の衣服や仕草に至るまで50~60年代という時代が丁寧に再現されていることもあり、シドニー・ルメット作品などの懐かしいハリウッド映画を見ているよう。米国の良心を描いた名作『アラバマ物語』を思い出してしまった。
スピルバーグ監督は、SFやアクションなど娯楽映画で大ヒットを飛ばしてきた人だが、近年はドラマをじっくり描く、手堅くオーソドックスな演出で見せる作品が多くなり、映画監督として演出の幅を広げている感がある。この変化が「円熟」などではないことを祈りたい。脚本はマット・チャーマンの書いたオリジナル脚本に、ジョエル&イーサン・コーエンが改訂を加えている。
ソ連の原爆投下を想定して米国の子どもたちが机の下に隠れるなどの避難訓練をする映像が登場するが、それがバカバカしい空騒ぎに見えるのは半世紀という時を経たせいなのだろう。今はISILの脅威。この脅威にはかなりのリアリティがあるが、果たして半世紀を経たらどうなのだろう。米国では「冷戦に米は勝利した」と言う人がいるが、勝ったのではなくソビエトの崩壊は内部から起きたのだ。そんなことを振り返ってみると、今、ヒットメーカーであるスピルバーグ監督が冷戦時代を描く意味は大きいと言えるのではないだろうか。
上映時間:2時間21分。シアトルはシネコン等で上映中。
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