シアトルの建物といえば、スミス・タワーを無視するわけにはいかない。ダウンタウンに優雅なおもむきを添える1914年(大正3年)落成の長老ビルは42階建てというまさに当時の超高層で、シカゴ以西で最も高いビルとして名を馳せ、なんと1960年代まで西海岸一の高さを誇っていた。第2回で紹介したシアトル初の鉄筋ビル、アラスカ・ビルディングが14階建てで1904年落成だから、そのわずか10年後に完成したこのビルがいかに野心的なプロジェクトだったかが窺える。
タワーの上にちょこんと三角屋根が乗ったデザインは、その頃世界一高いビルだったニューヨークのメトロポリタン・ライフ・タワー(50階建て)を模したもの。外壁に貼られた真っ白なテラコッタはシアトル製で、内装にはアラスカ産大理石やメキシコ産オニキスなど贅沢な素材がふんだんに使われている。
20世紀初頭のランドマークは人びとを熱狂させ、展望室の公開初日には4000人以上の見物人が詰めかけたという。ちょうどその時シアトルには日本海軍の練習艦隊が寄港していて、司令官の黒井悌次郎中将がぜひ展望室に行きたいと熱烈に希望して直接市長に私信を出し、あわてた市長が正装で迎えに飛んでいったというエピソードもある。
35階にあるこの展望室は、今年8月に全面改装されたばかり。1階にはチケット売り場を兼ねたお洒落な売店が新設され、昔の事務所や電話交換室などを再現する展示も設けられた。必見は展望室へ向かうエレベーター。銅板と精緻な細工の真鍮をはりめぐらせた豪華なもので、パネルなど一部の部品を除いてほとんど建造当初のまま、1世紀以上現役で働き続けている。
展望室には禁酒法時代の秘密酒場をイメージしたバーが新設され、中国風の重厚な調度とモダンな家具を組み合わせた落ち着いた展望ラウンジになった。ここの名物の一つは、龍と鳳凰の彫刻がほどこされたどっしりとした「願いの椅子」。いつの頃からか、「結婚を望む未婚女性が座ると1 年以内にお相手が現れる」という伝説が備わった椅子だ。
莫大な費用をつぎ込んでこのビルを作ったスミス親子は、20世紀初頭の最先端産業だったタイプライター製造で財をなした。100年後の今、このエレガントなタワーには時代を牽引するIT企業が多数入居している。西海岸最古の超高層ビルは、急成長する都市のニーズに合った個性的な物件として再び華やかな注目を浴びている。
Smith Tower
506 2nd Ave., Ste. 220, Seattle,
Washington 98104
展望室利用は大人$12、ワシントン州民は$10。
[たてもの物語]