晴歌雨聴 ~ニッポンの歌を探して Vol.17
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第17回 憧れのハワイ航路
私が日本に住んでいた頃は正月をハワイで過ごす芸能人が多かったと記憶しています。最近はどうなんでしょうか? 当時は私もそんな正月休みに憧れていました。このご時世、海外から日本への一時帰国が難しくなり、もはや日本が私にとって憧れの地になりつつあります。
さて、1948年のヒット曲をテーマにした1950年の歌謡映画に「憧れのハワイ航路」があります。「晴れた空、そよぐ風」の歌い出しが有名な同名歌謡曲は、日本がまだGHQによって国民に対しての旅券発行を制限されていた時代に作られました。ハワイは行きたくても行けない正真正銘の憧れの土地だったわけです。
この曲を歌ったのは「オカッパル」の愛称で親しまれた歌手の岡 晴夫で、映画では撮影当時12歳だった美空ひばりと共演しています。1951年のサンフランシスコ平和条約締結により、日本政府は旅券発給の権限を完全に回復しました。しかし、移民ではなく一般の日本人観光客が自由に海外へ旅行できるようになったのは1964年のこと。映画では、岡演じるハワイ生まれの青年、岡田が中学進学のために日本へ帰国したものの、太平洋戦争が勃発し、終戦になってもハワイに住む父親と連絡が取れないという設定です。冒頭のワイキキ・ビーチの風景ほか、中盤にはカメハメハ像やフラダンスショーなどの映像もあり、観光映画的な要素も多く含みました。当時の観客は岡とひばりの歌を楽しむだけでなく、憧れの土地、ハワイの映像にも魅了されたのではないでしょうか。ハワイでの撮影がかなわなかったためか、岡田青年がハワイの地を踏むシーンはなく、日本郵船のハワイ航路便に乗り込み、父親の元へと向かうところで映画は終わります。
多くの歌唱シーンもまた、この映画の見どころ。注目すべきは岡とひばりのデュエットです。ひばりの歌唱力も目を見張るものがありますが、ギターで伴奏している岡がコーラスで入るところが特に素晴らしい。正直に言うと、ヒット曲ありきの歌謡映画かと甘く見ていましたが、1950年頃の風俗を垣間見ることができ、コミカルとシリアスが程良く混ざり合ったストーリーもよくできていて、なかなか見応えのある作品です。そして何より、ハワイに憧れる日本人の思いを通して当時のハワイ像を描いた立派な観光映画でもあります。
戦後とはまた別の理由で自由な旅行が難しい昨今ですが、憧れの地が舞台となっている映画を観て、旅気分を満たすのもいいかもしれません。