晴歌雨聴 ~ニッポンの歌をさがして
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第33回 卒業ソング
アメリカ生まれの3 歳の息子が少しでも日本語に触れる機会を増やそうと、車での移動中にカーオーディオで日本の童謡を流しています。「一本橋こちょこちょ」、「おべんとうばこのうた」、「とんとんとんとんひげじいさん」など、意外にも歌詞を覚えていて、すらすら歌える自分に驚きました。ある日、その童謡のプレイリストを聴き終わり、自動再生で次に流れてきたのが「巣立ちの歌」。小学校の卒業式で歌って以来、ずっと聴いていなかったけれど、イントロが終わって合唱が始まると母校の懐かしい景色が一気によみがえり、気付いたら口ずさむどころか大声で歌っている自分がいました。「いざさらば さらば先生、いざさらば さらば友よ」のコーラス部分では、もう何十年か前の春の日に体育館で行われた卒業式で、涙をこらえながら歌ったことを思い出しました。
暖かく明るい春の象徴でもある桜の季節に、なんとも言えず切ない気持ちになるのは、やはり春が別れの季節だからでしょうか。卒業式での合唱は日本ならではの慣習のひとつですが、どんなに長い時を経ても、歌を聴きながら当時の思い出に浸れるのはなかなか良いものです。「巣立ちの歌」や「旅立ちの日に」などの唱歌に加え、日本の歌謡曲やポピュラーソングにも素晴らしい卒業ソングがたくさんあります。
世代によって意見が分かれるものの、個人的に好きなのは荒井由実の「卒業写真」(1975 年)と斉藤由貴の「卒業」(1985 年)。「卒業写真」は、男女 3 人のコーラス・グループ、ハイ・ファイ・セットのデビュー曲として荒井が楽曲提供し、メインボーカルの山本潤子が透明感ある素晴らしい声で歌い上げています。後に荒井もセルフカバー。歌詞は切ない恋の歌と読めますが、実は高校時代の女性美術教師を思って書いたそうです。
そして斉藤の「卒業」は、卒業式では泣かずに「涙はとっておきたいの」という歌詞が、別れの寂しさや涙といった卒業式によくあるストーリーを裏切っていて貴重。この曲が発売された1985 年はほかにも菊池桃子、尾崎 豊、倉沢淳美が同じ「卒業」というタイトルの曲を発表しています。若いファンの間でカリスマ的な人気を誇った尾崎の「卒業」もまた、その反体制的な歌詞が、数ある卒業ソングの中で異彩を放っています。
さて、ようやくマスク規制が緩和され、着用が個人の判断となった日本ですが、東京都教育委員会は感染予防対策として、卒業式での校歌斉唱や合唱を禁止する通知をしたとか。それでも、それぞれの思い出と歌を胸に桜の季節を迎えて欲しいものです。桜にまつわる名曲も数多くありますね。その話はまたいずれ。