晴歌雨聴 ~ニッポンの歌をさがして Vol.26
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第26回 少年時代
夏の終わりになると聴きたくなる曲のひとつに井上陽水の「少年時代」があります。歌詞に「夢」や「思い出」が散りばめられ、特に「青空に残された 私の心は夏模様」のフレーズが秀逸。中学生くらいの頃、夏休みを名残惜しく感じ、新学期に頭が追いつかなかったときのぼんやりした気分が思い出されます。
言わずと知れた大ヒット曲ですが、もともとは同名映画の主題歌として作られました。原作は1978年から79年まで『週刊少年マガジン』に連載された、藤子不二雄Aが柏原兵三の小説『長い道』を漫画化したものです。太平洋戦争末期、東京から富山に疎開した少年の出会いと交流を描いています。1990年に公開された映画の監督は篠田正浩で脚本は山田太一、そして製作は藤子不二雄Aという、なんとも豪華な顔ぶれです。
井上は藤子と飲み友だちで、この映画の主題歌を藤子から直接依頼されたと言います。しかし、楽曲がなかなか出来上がらず、製作陣はヤキモキ。漫画家として編集者から催促を受けるつらさを知る藤子は、井上に一切催促をしなかったそう。当時、ややスランプ気味だった井上は4週間スタジオにこもり、主題歌の制作に打ち込みました。ギリギリになって完成した楽曲には、藤子が事前に提供した歌詞は全く使われていませんでしたが、藤子はそのイメージ通りの出来栄えに感激したとか。
曲の冒頭、「夏は過ぎ 風アザミ」とある歌詞の風アザミは日本語にない言葉で、メロディーと共に井上の頭に浮かんできたもの。鬼アザミであれば、夏から秋にかけて咲くキク科の多年草として実在し、紫色の大きい頭状花を付けます。風アザミのイメージは、とげとげしい鬼アザミとは少し違う、ゆらゆらと風にそよぐアザミでしょうか。制作秘話といい、この造語といい、逸話が尽きません。
さて、映画で曲が流れるのはラストシーンです。東京へ戻ることになった主人公の少年。上野行きの列車を待つ駅のホームに、疎開先で親友となった少年は来ていません。軍歌しか知らないという男性が音頭を取り、軍歌の合唱で見送られる少年と母親。列車に乗り込むと、寿司詰めの列車の中で兵士たちがかき込んでいる弁当を、他の乗客たちが固かた唾ずを飲んで恨めしそうに見ています。そんな戦争末期の息苦しさを伝えるシーンの後、列車の窓の外をずっと見ている少年の目に親友の姿が映ります。そこに主題歌「少年時代」がかかるわけです。列車から身を乗り出して手を振る少年と、緑一色の田舎道を疾走して列車を追いかける少年。心を揺さぶられるシーンです。皆さんの夏の終わりの1曲は何ですか?