晴歌雨聴 ~ニッポンの歌を探して Vol.25
日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。
第25回 表拍子と語り物
毎年夏になると、日本の風物詩を思い出しては懐かしい気分になります。蚊取り線香の匂いやスイカ、浴衣に花火、夏祭りのにぎやかさなど。盆踊りと東京音頭については本コラムでも以前書きましたが、日本の夏にまつわる歌と踊りには語ることがたくさんあります。
先日、たまたまAJATEという日本のバンドを知ったのですが、アフロビートと祭囃子を絶妙に組み合わせたダンサブルな音楽でとても面白いと思いました。アフロビートと日本の伝統的なリズムがうまく融合しているのには驚きです。
一般的に、日本の音楽は表拍子で、西洋の音楽は裏拍子と言われます。裏拍子の代表はジャズやファンクなどの16ビート。表拍子というのは、手拍子するときに1、2、3、と数字のところで手を打ち、読点で休むリズムの取り方です。逆に裏拍子は読点でリズムを取ります。タン・タン・タンの「タ」に拍を置くのが表拍子、ンタ・ンタ・ンタと「タ」の前にひと呼吸入れて拍を置くのが裏拍子です。
日本の歌は長い間、表拍子で作られてきました。それは日本語のアクセントとも関係しているようで、日本語の言葉は大抵、頭にアクセントを置きます。盆踊りの曲などは表拍子ですが、これに手拍子と共に合いの手を入れることがよくあります。「あ、そーれ」「よっこいしょ」などですが、いずれもアクセントの位置は最初の「あ」と「よ」です。多くの音頭は民謡由来で、日本の歌の真髄である「語り物」の特徴がよく表れています。
中世に成立した「平家物語」は、語り物の元祖と言われます。琵琶法師と呼ばれる人が琵琶を弾きながら語り、文字を読むことのできない庶民の心をつかみました。日本人はその頃から、語りとリズムの融合に慣れ親しんできたわけです。日本で楽器文化よりも歌文化が発達したのは、元来日本人が楽器の演奏自体よりも、語りや歌のほうが好きだったからかもしれません。
語り物の伝統は大阪の河内音頭にも見られます。戦後、鉄砲光三郎という歌手がジャズの影響を受けてリズムに改変を加え、エレキギターを使って演奏した河内音頭のレコードを発表して大ヒットしました。河内音頭は冒頭にいわゆる名乗り口上、自己紹介の挨拶があります。これも語り物の特徴のひとつです。もちろん、「ハァ、イヤコラセー、ドッコイセー」と合いの手も入ります。
河内音頭のすごいところは、いろいろな物語が歌詞になることです。明治時代に実際に起きた殺人事件が語られるバージョンは「十人斬」と呼ばれます。音頭と殺人事件は意外な組み合わせですが、とても親しまれています。河内家菊水丸という河内音頭家元は、自分の後援者の立身出世話を題材にして歌詞を作り、祭りに集まった人はその歌でやぐらを囲んで踊るのだとか。老若男女が何重も輪を作って踊るその光景を一度見てみたいものです。