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雨の歌と言えば?〜晴歌雨聴〜ニッポンの歌をさがして

晴歌雨聴 ~ニッポンの歌を探して Vol.12

日本のポピュラーカルチャー、特に1960-70年代の音楽について研究する坂元小夜さんが、日本歌謡曲の世界を案内します。

第12回 雨の歌と言えば?

2020年夏にシアトルからロサンゼルスに引っ越したのですが、一年中カラッとした天気が気持ちいいものの、これまで雨は数えるほどしか降っていません。あまりに降らないとさすがに雨が恋しくなります。シアトルは雨が多いだけでなく、雨が似合う街だと思います。傘を差さずに肩をすぼめて足早に歩く人々の姿や、雨上がりの街路樹の匂いを懐かしく感じます。

さて、日本で雨が似合う街と言うと、どこでしょうか? 「長崎は今日も雨だった」という曲があります。1969年にリリースされた内山田洋とクールファイブの大ヒット曲。外国商船が行き交った港町、長崎に降る雨は確かに風情がありそうです。雨がテーマの歌謡曲は数多く存在しますが、私がいちばん好きなのは1980年にリリースされた八代亜紀の「雨慕情」です。歌謡曲のヒットメーカー、阿久 悠による歌詞の「雨々ふれふれ もっとふれ 私のいい人つれてこい」のフレーズが耳になじみ、ついつい口ずさんでしまいます。この曲は雨が素敵な人を連れてくるのを願う、いわゆる雨乞いの曲です。

元来、雨は大地に恵みをもたらすありがたいもの。天の神に雨を乞う歌は古くから民謡として日本各地にあります。童謡「あめふり」の北原白秋による歌詞、「あめあめふれふれ かあさんが じゃのめでおむかえ うれしいな ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」も雨の日がうれしいという内容です。ちなみにじゃのめ(蛇の目)とは傘のこと。雨が楽しいことや幸せを運んでくるものとして歌われています。一方、和歌では雨が涙を連想させるという修辞技法が多く使われてきたこともあり、古くから別れの歌や、故郷、故人を懐かしむ歌に多用されています。雨などの気象現象と人の感情を結び付けた表現は、和歌のレトリックのひとつです。

演歌にも雨と涙がセットで登場する曲がたくさん。そのような演歌の世界観には伝統的な和歌のレトリックの影響が少なからずあるのではないでしょうか。そして、香西かおりの「雨酒場」や石川さゆりの「波止場しぐれ」など、雨と涙と来れば「酒」も付いてくるというパターンも。涙がテーマとなると女性演歌シンガーの曲が目立ちますが、演歌の女王、美空ひばりに雨の歌が少ないのは興味深いことです。

日本では、雨が身近だからこそ、歌謡曲などにおいては感情や出来事を情緒豊かに表現する重要なエッセンスなのだと思います。

坂元 小夜
横浜生まれ東京育ち。大学院進学のために2015年に渡米。2020年よりロサンゼルス在住。南カリフォルニア大学大学院の博士課程にて日本の戦後ポピュラー文化を研究。歌謡曲と任侠映画をこよなく愛する。