時代の暗雲を投影した主人公
Joker 邦題「ジョーカー」
映画「バットマン」に何度も登場した悪役、ジョーカーをモデルにしたサイコ・スリラー。壊れ落ちていくクラウンを、ホアキン・フェニックスが怪演し、従来のDCコミックスとは似ても似つかない異色な作品に仕上がっている。第76回ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を獲得したが、この映画祭は作家性の強い作品が選ばれることで知られる。マイナーでダークな本作が公開以来、全世界で大ヒットを続けていることに、時代の重い空気を実感した。
舞台は80年代のゴッサムシティ。カウンセリングを受けながら、認知症の母の介護を続けるアーサー・フレック(フェニックス)は、売れない大道芸人。突然笑い出すという奇病を持ち、生活は苦しく友もいない孤独な日々を送っていた。ある日、街頭での仕事中に少年たちに襲われ、ケガをする。それを知った芸人仲間が護身用にと銃を貸してくれるが、これが彼の運命を大きく変えてしまう。ある事件をきっかけに、謎の男「ジョーカー」が貧困層を代表するヒーローに祭り上げられ、一時の高揚感を持つアーサーだが、同時に自分の出生の秘密を知って衝撃を受け、人格の崩壊がさらに進んでいく。
異様な高笑いと崩れ流れるジョーカーのメイク、無理やり笑顔を作るグロテスクさとクネクネと踊る不気味な肉体表現などを通して、物語は加速度的に暗さを増していく。そのほとんどはフェニックスの正気の沙汰スレスレ演技に負うところが大きく、役者としてはかなり危険区域に踏み込んだのではないだろうか。おかげでこのジョーカー像は、極太の彫刻刀でガリガリと脳内に刻み込まれ、たぶん生涯忘れられないだろう。2度目を見るのはだいぶ先だ。
脚本・監督・製作は「ハングオーバー!」シリーズのトッド・フィリップス。軽快なバディー・コメディーでヒット作を連発したきた彼にとっては、人間観察と心理に主眼を置いた意欲的な作品だ。映画ファンならマーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」「キング・オブ・コメディ」と酷似していることに気が付くだろう。フィリップス自身も影響を語っているが、スコセッシ作品が公開された70年代後期から80年代前期と比べると、たぶん現在のほうが希望の見えにくい荒廃した架空都市、ゴッサムシティにより近い時代と言えるような気がする。そんな時代の空気感をDCコミックスの世界に再現したフィリップスの慧眼は卓抜している。
貧困と病いで取り残された家族、頻発する発砲事件、格差社会、救いのない孤独感、いじめなど、世界を覆う時代の暗雲をそのままひとりの男に投影したかのような本作。ヒットして当然と言えるだろう。
Joker (邦題「ジョーカー」)
写真クレジット:Warner Bros. Pictures
上映時間:2時間2分
シアトルではシネコンなどで上映中。