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『Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)』

birdman_20150310_1 第87回アカデミー賞の作品賞、監督賞など4賞を獲得したダーク・コメディで、映画好きには堪らない快傑作だ。全編をワンカットで撮影したように見えるという手法が話題となっているが、手法は手段であって目的ではない。凝った作りを通して、監督/脚本アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは何を表現しようとしたのか。 主人公リーガン・トムソン(マイケル・キートン)は、20年前に映画『バードマン』でヒーローを演じて一斉を風靡した俳優。今はヒット作もなく下り坂にいる彼は、ブロードウェイで自らが演出/主演する演劇の上演に再起を賭けていた。しかし舞台裏はカオス。アシスタントの娘サム(エマ・ストーン)は元薬物中毒で危く、恋人の女優ローラ(アンドレア・ライズボロー)は妊娠、もう一人の女優レスリー (ナオミ・ワッツ)は初舞台で緊張しまくっている。しかも急遽呼んだ人気舞台俳優マイク(エドワード・ノートン)は我が者顏でふるまい、主演リーガンを完全に食ってしまう。果たして初演の幕は無事に上がるのか……。 強烈なエゴとかつての栄光に囚われた主人公は、分裂症を起こし、もう一人の自分の声をバードマンの声として聞き、さらに不安と焦りを募らせる。 そんな彼の心象を映し出す舞台裏の混迷、狭い劇場裏の通路を右往左往しながら物語は迷走していく。どこか息を止めている感覚のあるワンカットの効果は、この迷走感を表現するための手法なのだろう。気がつくと主人公と共に混乱と妄想の世界にいる感覚があった。 全力疾走の演技を見せる俳優らの競演も本作の大きな見どころ。かつて『バットマン』を演じたキートンや、気難しい俳優で知られるノートンらに実像に近い役柄を演じさせ、誰か一人でもトチッたら最初から撮り直しという厳しい撮影を課された俳優たちは、きりきり舞いさせられたに違いない。そのピーンと張り詰めた現場の空気がそのまま画面の緊張感となり、本作を極上の娯楽作品へと引き上げている。イニャリトゥ監督(『バベル』)は寡作だが、墨痕鮮やかな一筆描きを思わせる力強い作風が特徴的な人。 本作は彼らしい一筆描きの勢いを全編ワンカットで見せた作品で、彼にとって一つの到達点となる作品と言えるだろう。 昨年の『ゼロ・グラビティ』に続いて2年連続で撮影賞を受賞した撮影監督のエマニュエル・ルベツキの才能も特筆したい。狭い空間で撮られているのにカメラの存在を感じさせなかった。メキシコ出身、監督と共にメキシコ映画人の底力を印象づけている。 上映時間:1時間59分。シアトルはシネコン等で上映中。 [新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。