『Fences』
(邦題『フェンス』)
劇作家オーガスト・ウィルソンの傑作舞台劇の映画化で、文句なしに2016年のベストワンにあげたい作品。主演は2010年に舞台でも同じ役を演じたデンゼル・ワシントンで、彼が久しぶりに監督もしている。
舞台は1950年代のピッツバーグ、清掃作業員のトロイ(ワシントン)は、彼を愛する優しい妻ローズ(ビオラ・デイビス、舞台でも同役を演じた)と慎ましく幸せな暮らしを送っている。そんな彼だが、息子たちとは対立を抱えていた。前妻との間に生まれたジャズプレイヤーのリオン(ラッセル・ホーンズビー)、そしてフットボール選手として大学からスカウトが来ているコーリー(ジョヴァン・アデポ)、彼はこの二人の夢をことごとく打ち砕いていたのだ。
音楽やスポーツなど先は見えている、地道な仕事を見つけろと主張する彼だが、その言い方には親の苦言を超えた激しさがあった。
かつて野球選手として活躍したトロイ。アフリカ系はメジャーでプレイできないという人種差別の時代に夢を砕かれた。日々清掃車に乗り、テレビすら買えない暮らしの中で家計を支えてきた彼には「何も信じない、夢など叶わない」という外界へのフェンスが作り上げられていた。
公民権運動が生まれる寸前に時間軸を合わせ、厳しい差別を生きた過去から抜け出せない男の頑なな生き方がくっきりと描き出される。見事としか言いようのない主人公トロイの造形と、饒舌な彼がまくし立てる屁理屈、ジョーク、皮肉、そして妻への甘い言葉の数々。その一言一言がワシントンから発せられる時、それはジャズでありブルースであり、音楽のような旋律を持って見るもの心に突き刺さってくる。今さらだが、彼の名優ぶりに瞠目した。いや名演は彼に限らない、夫を支えた妻を演じたディビスも、年長の清掃員を演じたスティーヴン・マッキンレー・ヘンダーソンもみな素晴らしかった。
そんな彼らの名演を生み出した、優れた戯曲の持ち得る力を痛感した。言葉が生きて躍動し、嘘臭くも古臭くもならない奇跡。筆者には父権制社会の中で父性を押しつぶされたアフリカ系の男たちの慟哭が聞こえた。舞台の初演は87年でピューリッツァー賞、トニー賞、NY批評家協会賞などを受賞している。
米映画界はCGアクション映画が席巻しているが、そんな現状の中で意味深いドラマとして強い光を放つ本作。ぜひ映画館に足を運んで名作、名演の何たるかを体験してほしい。
上映時間:2時間19分。
シアトルはAMC系シネコンで上映中。
[新作ムービー]