注目の新作ムービー
最高のキャストとスタッフで映画化された名作舞台劇
Ma Rainey’s Black Bottom(邦題「マ・レイニーのブラックボトム」)
黒人のプライドと野心、秘められた怒りが全編にほとばしるパワフルな作品だった。オーガスト・ウィルソンが1982年に発表した同名戯曲の映画化で、最高のキャストとスタッフにより名作舞台劇が見事に映像に焼き付けられた。
舞台は1927年の夏、シカゴ。当時「ブルースの母」と呼ばれ、南部の黒人の間で絶大なる人気を誇った実在のブルース・シンガー、マ・レイニー(ビオラ・デイビス)が、バンドと共にレコーディングにやって来た。バンド・メンバーは、マの音楽に忠実なベテラン、ピアノのトレド(グリン・ターマン)、トロンボーンのカトラー(コールマン・ドミンゴ)、ベースのスロー・ドラッグ(マイケル・ポッツ)と、彼らとは一線を画す若く才気にあふれたトランペットのレヴィー(チャドウィック・ボーズマン)の4人。自分の才能を信じるレヴィーは事あるごとに白人プロデューサーに自分を売り込み、いつか自分のバンドを持って成功してみせると豪語。マの音楽の古くささを公言し、彼女が同伴した女性パートナー(テイラー・ペイジ)に色目を使う傍若無人ぶりであった。
一方、ブルースを金もうけの道具としか思っていない白人マネジャーやプロデューサーに不信感を持つマは、彼らに無理難題を投げ、衝突を繰り返す。何度も中断するレコーディング。しかもマは、勝手な音を出すレヴィーへいら立ちと共に、若い才能に追われる焦りを感じていた。蒸し暑いスタジオに充満する緊張感は次第に高まっていく。
マの強烈なプライドとレヴィーの激しい野心は、どこから来るものなのか。白人は私の声だけが必要、ずっとそうやって扱われてきたと話すマと、過酷な人種差別体験を明かすレヴィー。そんな彼が白人に媚を売ることを揶揄する年長のバンドマン。小さな地下スタジオで語り、叫び、ぶつけ合う言葉のずしりとした重みに暗黒の歴史が凝縮されていた。
今やアメリカの至宝と呼びたいデイビスがよみがえらせたブルース・シンガーの不逞な存在感。そして本作が遺作となったボーズマンの渾身の演技と叫びに、彼の早過ぎる旅立ちが悔やまれてならかった。監督はブロードウェイで長い経験と受賞歴を持つジョージ・C・ウルフ、これ以上はないベストの布陣だろう。
原作は「アメリカの黒人シェイクスピア」と呼ばれた劇作家、ウィルソンが初めてブロードウェイ進出した記念碑的な舞台。彼はその後、20世紀の100年にわたるアメリカ黒人年代記を連作劇として10年ごとに1作ずつ執筆し、ピュリッツァー賞、トニー賞など数々受賞。逝去した2005年に全10作を完成させた。20世紀のアメリカ史の再解釈を目指した作品群は「ピッツバーグ・サイクル」と呼ばれ、本作のプロデューサーであるデンゼル・ワシントンはウィルソンによる10作全ての映画化を目指していると言う。その第1作は2016年公開の「フェンス」。ワシントン自身が主演、監督を務めた。演劇を鑑賞できる機会は、映画と比べると少ないかもしれないが、演劇と映画の違いを踏まえつつ、ワシントンにはぜひ全作を映画化して欲しいと強く願わずにはいられなかった。
Ma Rainey’s Black Bottom
邦題「マ・レイニーのブラックボトム」
上映時間:1時間34分
写真クレジット::Netflix
日本語字幕版、日本語吹き替え版も含めてNetflixで視聴可能。