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生きるとは何かを問う
Living
邦題「生きる LIVING」
黒澤 明監督の名作「生きる」を、イギリスを舞台に作り替えたドラマ作品。名作のリメイクが成功する例はあまり多くないと思うのだが、本作はオリジナルの物語をほぼ踏襲しながら、生きるとは何かという問いかけを見事に今によみがえらせた秀作であった。
時代は第二次世界大戦後の1953年。毎日同じ列車に乗って役所に通うウィリアムズ(ビル・ナイ)は、市民課の課長ではあるが、持ち込まれる市民の陳情を適当に受け流し、仕事への意欲も持てないまま働くふりをする生活を続けていた。部下や家族から疎まれ、自分の人生のむなしさを自覚するウィリアムズ。しかし、がんで余命半年と医師から告げられると、役所を休んでさまよい、生きることの意味を問い始めるのだった。
後の展開もほぼオリジナルと同じ。黒澤版で主人公が歌う「ゴンドラの唄」と、本作で歌われるスコットランド民謡「The Rowan Tree」が実によく似ていて驚いた。それでも、日本と英国の役人の設定の違いから、独自の作品に仕上がっている。
真面目だが臆病に生きてきた日本の役人を、志村 喬がドラマチックに演じたモノクロの黒澤版。それと比較すると、本作は50年代の色彩を反映させた柔らかなカラー映像が印象的で、山高帽をかぶった孤独な英国紳士を演じたナイの抑えた演技が光る。とりわけウィリアムズが、元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に自分の余命を告白し、生きる意味とは何なのかを振り返る場面が圧巻。決して難解ではないシンプルな言葉が、強く胸に刺さった。
脚本はノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロ。ナイに主役をやらないかと誘い、彼を念頭に置いて当て書きしたとのことだ。イシグロの中でのイメージは、志村ではなく笠 智衆だったと知って、なるほどと合点がいった。本作で、ナイは本年アカデミーの主演男優賞、イシグロは脚色賞にノミネートされている。監督は、南アフリカ出身のオリヴァー・ハーマナス。「英国映画っぽくない作品にしたい」というイシグロによって選ばれた。
黒澤版の公開は1952年、本作の舞台は1953年、国は違えど共に戦後を生きた男たちの人生への真摯な問いかけが描かれていた。ふと、戦後に青年期を過ごした亡き父が、80歳の時に大手術を生き延びて言ったことを思い出した。「自分が死ぬかもしれないとわかった時、自分がどれだけ人の目を気にして生きてきたか、わかったんだ。だから、おまえは好きなことをやりなさい」
大真面目にそう語った父と志村やナイの姿が重なり、「好きなことをやりなさい」という言葉がエコーのように響いてきた。
LIVING
邦題「生きる LIVING」
再生時間:1時間42分
近日中にオンライン・ストリーミング開始予定。