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米国の戦後史を俯瞰する重厚なドラマ
The Brutalist
(邦題『ブルータリスト』)
長い上映時間にひるんでいたが、意を決して映画館で本作を鑑賞できたのは幸せであった。久しぶりに映画を観ることの喜びを心から堪能できたと思う。
本作は、ハンガリー系ユダヤ人の建築家でホロコーストの生存者である主人公が米国に移住後に経験する希望と称賛、迫害と挫折など、波乱に満ちた人生を描いていく。
第1章は1947年から始まる。船でニューヨークに到着したラースロー・トート(エイドリアン・ブロディ)は、窓から自由の女神を見上げる。港にはいとこのアッティラ(アレッサンドロ・ニヴォラ)が迎えに来ていた。彼の家具店を手伝うラースローは、ある日、実業家ハリソン・リー・ヴァン・ビューレンの息子ハリー(ジョー・アルウィン)から屋敷の図書室改装の仕事を依頼される。建築家としての本領を発揮しシンプルで機能的な図書室を作るが、それを見た父ハリソン(ガイ・ピアース)は激怒。報酬も支払われず、ラースローはアッティラの家から追い出されホームレスに。しかし後になって、ハリソンはラースローが著名な建築家であると知り、壮大なプロジェクトを依頼する。
第2章では、ラースローがハリソンの敷地に住みながらプロジェクトを進める苦闘の日々が描かれる。その頃、ハリソンの弁護士の助けで長年欧州に留まっていた妻のエルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪のジョーフィア(ラフィー・キャシディ)が米国に到着。エルジェーベトは飢餓による骨粗鬆症 で車椅子生活を余儀なくされ、ジョーフィアは言葉を発せない状態だった。ラースローの仕事はトラブル続きで、ハリーから差別的に扱われたり、設計を勝手に変更されたり、誰にもビジョンを理解されず孤立感に苛まれる。やがてヘロイン中毒に陥るラースローをエルジェーベトが支え続ける。一方、理解あるパトロンを装っていたハリソンも、次第にその怪物性を露わにしていく。
本作の特徴は、建築家とパトロンの関係、家族の絆を軸に、ホロコースト生存者のトラウマ、移民の苦境、人種差別、創造性を抑圧する資本の論理、さらには己のビジョンを守る困難や、激痛と闘いながら夫を支える移民の妻の姿などが絡み合う重層的な構造にある。米国の戦後史を俯瞰 する重厚なドラマは、まるで実在の人物を描いたかのようだ。脚本は監督でもあるブラディ・コーベットと彼のパートナー、モナ・ファストヴォールドが手がけ、ゴールデングローブの監督賞と作品賞を受賞している。映像はビスタビジョンで撮影され本作の核心ともいえる建築物に差し込む光と影を見事に映し出していた。
「ブルータリスト」は、「冷酷」「野蛮」といった意味をもつブルータリズムから派生している。第二次世界大戦後、破壊された欧州の都市を急ピッチで再建するため、コンクリートやガラスなどを用いて工業的に建物が造られ、「ブルータリズム」と呼ばれた。本作のタイトルは、その荒々しい外観の建築様式と主人公の生きた道を阻む冷酷な現実という二重の意味が込められているのだろう。
しかし、冷酷さや野蛮さばかりではない。終盤には、ブルータリズムに「ノー」を叩きつける意志が感じられ、長い上映時間の末に迎えたそのシーンは、待った甲斐があったと心から思えた

写真クレジット:A24
上映時間:3時間35分
シアトル周辺ではRegal Meridian、SIFF Cinema Uptown、
Majestic Bay Theatreで上映中。