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『燃ゆる女の肖像』ハッとするほど美しい恋愛映画

注目の新作ムービー

ハッとするほど美しい恋愛映画

Portrait of a Lady on Fire
邦題「燃ゆる女の肖像」

友人知人の間で人気を博している韓国ドラマ「愛の不時着」。未見なので何も言えないが、年末に筆者がおすすめしたい恋愛映画は文句なしに本作で決まりだ。18世紀後半のフランスを舞台に、画家と貴族の女性の熱く短い恋を描いた秀麗な作品。2019年のカンヌ映画祭で「パラサイト 半地下の家族」とパルムドールを争い、その後も世界中の映画祭で数々の映画賞を受賞した話題作である。

物語は、画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)が、絵画クラスの生徒から彼女が描いた「燃ゆる女の肖像」について聞かれ、その絵が描かれた過去を追想する、という古典的な出だしで始まる。

その数年前、マリアンヌはイタリアの貴族との結婚を控える花嫁の肖像画を描いて欲しいとの依頼を受け、厳しい航海の末にある小島にたどり着く。そこで花嫁、エロイーズ(アデル・エネル)と出会うが、彼女は肖像画を拒んでいた。結婚を嫌って自殺した姉に代わって嫁がされることに抵抗していたのだ。そこでマリアンヌは画家であることを隠し、友だちを装って海岸への散歩を通して彼女を観察することにした。

初めはマリアンヌすらも拒絶していたエロイーズだが、ふたりは散歩で交わす短い会話により親しさを増していく。ふたりの仲を察知する若いメイドの妊娠中絶を助けたり、海辺の女たちの集いがあったり、初めてのキスなど小さなエピソードを重ねながら、1回目の肖像画を破棄し、2度目の肖像画を描き始める頃には、ふたりの仲は熱く官能的なものに育っていた。

恋の始まりを、画家としてのまなざしから描いた点が優れている。スケッチをする画家の手先から徐々に描き上がっていく肖像画完成の過程と、恋の高まりを対峙させたことで、このロマンスに品格が生まれたように思う。恋愛映画につきもののロマンチックな音楽を一切排し、画面に広がるのは波音と共にドレスの裾を翻して海岸を歩くふたりの姿、そして互いを見つめ合うクローズアップだ。画家としてエロイーズを観察していたマリアンヌのまなざしが恋するまなざしへと変化しながら、固く心を閉ざしていたエロイーズの瞳が恋する色に染まっていく。映像でしか描けない、まなざしの持つ力を存分に描いた作品となっている。

相手への思いが深まり、息をするのも苦しくなっていく。その息苦しさがエンディングの音楽会のシーンで頂点に達する。あの激情的な旋律に感情の高ぶりを覚えない人がいるだろうか?

脚本/監督はレズビアンであることを公表しているフランスのセリーヌ・シアマ。LGBTを主人公にした「水の中のつぼみ」や「トムボーイ」などの秀作が多いが、本作はハッとするほど美しく彼女の最高作と言えるだろう。裾広がりのドレスを着たふたりの白く長い首や、ノーメイクに見える素顔の透明感は澄んだ水をのぞくようでもあるのだが、その下には激流が流れていた。女性監督が描いた女同士の恋はひたすら美しく、生涯忘れられない恋の追憶を見事に描き切った恋愛映画のクラシックとなっていくはずだ。

Portrait of a Lady on Fire
邦題「燃ゆる女の肖像」

上映時間:2時間

写真クレジット: Pyramide Films

Hulu、Amazonなどで視聴可能。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。