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Oppenheimer〜注目の新作ムービー

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広島と長崎への原爆投下は必要だったのか


Oppenheimer

「インセプション」、「インターステラー」で知られるクリストファー・ノーランは、今や世界中の映画ファンが新作を心待ちにする名監督。最新作では「原爆の父」と呼ばれた物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーの苦悩に満ちた半生を描く。IMAXカメラを使った映像の飛び抜けた美しさと名優たちの迫真の演技に圧倒される本作。批評家や観客から傑作と絶賛され評価が定まった感がある。だが、筆者の抱いた思いは複雑だった。

大学時代から優秀だったオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は、マンハッタン計画の総責任者として原爆開発を指揮した米陸軍のレスリー・グローブス(マット・デイモン)に誘われ、計画を主導。苦労を重ねて原爆は完成、実験も成功し、広島と長崎へ原爆が投下される。が、終戦後しばらくして、彼を排除しようとする公聴会での厳しい追及が始まる。

そんな数々の出来事を、時間軸を前後させながら見せていく。カラーとモノクロの映像を使い分け、主人公の妻(エミリー・ブラント)と元恋人(フローレンス・ピュー)との奇妙な関係なども織り交ぜながら、入り組んだ構造を持つ大作へと見事に昇華させた。

興味深いのは、オッペンハイマーが原爆投下後に英雄扱いされるが、被害の甚大さから罪悪感を覚え、原爆使用を制限しようとしたこと。その後、米国の政治の変化に伴い、そんな彼への攻撃が始まり、かつての仲間に裏切られ、公職追放となる。

そもそもマンハッタン計画は第二次大戦中、ナチスの原爆開発を察知し、脅威を感じてスタートしたとされる。ユダヤ人である主人公もナチス打倒に賛同して開発に加わるが、原爆完成前にナチス・ドイツは降伏。原爆はもう必要ないという意見もあった。それでも、トルーマン大統領は戦争終結を早めるためとの理由で、抵抗を続ける日本への原爆投下を決める。オッペンハイマーは強く反対しなかったことで戦後苦しむことなり、水爆開発に反対。それが原因で失脚に追い込まれる。戦後の米国の敵はソ連へと移り、妻や弟が共産党員だったオッペンハイマーは、彼を嫌う保守派のルイス・ストラウス(ロバート・ダウニー・Jr.)の策略で、ソ連のスパイ扱いされていくのだ。

本作で原爆の開発とその結果としての予想外の脅威を、戦中は反ナチス、戦後は反共の政治風潮に翻弄されたひとりの物理学者を通して映し出そうとしたのだろう。1発の投下で何十万人もの人を殺せる爆弾の誕生は、国際政治の力関係を一変させただけでなく、核爆発の連鎖で地球それ自体を破壊し尽くしてしまう可能性を広げた。その恐ろしさを映像であぶり出した本作は確かに傑作と呼ぶにふさわしいと言えるのかもしれない。しかし、である。

広島と長崎に投下された原爆とその惨禍について、具体的な描写はなかったことが気になった。原爆投下は本当に必要だったのか。グローブス少将は、マンハッタン計画当初から日本への投下準備を進めていたという。原爆投下反対を大統領に進言した学者たちの中にオッペンハイマーはいなかったのだ。さまざまな疑問が湧き上がった。

今年も8月6日と9日の「原爆の日」を迎えた。日本への公開はまだ決まっていないが、必ずや原爆について考えるきっかけになる本作。日本での公開を切望せずにはいられない。

Oppenheimer

写真クレジット:Universal Pictures
上映時間:3時間
シアトル周辺ではシネコンなどで上映中。

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。