注目の新作ムービー
総合芸術としての映画の真髄を見せる
The Tragedy of Macbeth
(邦題「マクベス」)
『マクベス』は、11世紀中期に実在したスコットランド王、マクベスの史実を元に、17世記初頭にウィリアム・シェイクスピアが書いた戯曲。『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』に続く4大悲劇のひとつで、オペラや映画などで何度も上演、製作されてきた名作中の名作である。
筆者は子どもの頃、黒澤 明監督の『蜘蛛巣城』(『マクベス』を戦国時代に置き換えた1957年の作品)を観ており、山田五十鈴演じるマクベス夫人が手に付いた血を洗い落とせず、次第に正気を失っていく場面に釘付けになった。あの恐ろしさとおぞましさ。観た夜は怖くて眠れなかった記憶がある。では、ジョエル・コーエン版の本作はどうか。『ファーゴ』(1996年)や『ノーカントリー』(2007年)などのように弟のイーサンとの共同監督ではなく、今回はひとりで監督をこなし、脚本も書いた。妻のフランシス・マクドーマンドがマクベス夫人を演じ、製作にも参加している。この作品もまた、穏やかな眠りを妨げる悪夢的な傑作であった。
戦闘に勝利したスコットランド将軍のマクベス(デンゼル・ワシントン)は、帰路の荒野で魔女と出会い、次の王になるという予言を告げられ、野心の火を灯される。その後、ダンカン王(ブレンダン・グリーソン)はマクベスを称えるが、王位は息子に継承させると宣言。憤りを感じたマクベスは王位を奪う決意をして、妻(マクドーマンド)に手紙で伝える。同じ野心を持った妻は、王がマクベスの城を訪ねた際に殺害すべきだと夫の決意を強く支持。まだ迷いのあるマクベスを叱咤し、暗殺計画を推し進めるのだった。
王暗殺後のマクベス夫婦の悲劇も原作に忠実に、舞台劇のように描かれていく。原作の文学的要素を色濃く残す、シェイクスピア劇に特徴的な台詞回しながら、重苦しさは感じられなかった。主演のワシントンとマクドーマンドらが台詞(せりふ)を理解し、十分咀嚼(そしゃく)して日常用語のような自然さで語っていたからだろう。さすが、ベテラン俳優の会心の演技と感心した。魔女を演じたキャサリン・ハンターの悪魔的怪演の素晴らしさも大きな見どころとなっている。
ほぼ室内で撮影された各場面のセットのシンプルで直線的なデザイン、ドイツ印象派を意識したという撮影監督、ブリュノ・デルボネルの白黒映像の圧倒的な美しさなど、最高技術を結集させた総合芸術としての映画の真髄が詰まっていた。秀作の多い監督と名優、夫婦ふたりの映画人としての高い芸術性を再確認する作品として、人々の記憶に残っていくだろう。
The Tragedy of Macbeth
邦題「マクベス」
上映時間:1時間45分
写真クレジット:Apple TV+、A24
シアトルではAMC Pacific Place 11などで上映中。またApple TV+で日本語吹き替え版、日本語字幕版含め視聴可能。