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「ヒーロー」の実像 『Sully』

『Sully』
(邦題『母よ』)

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2009年1月、USエアウェイズの旅客機がニューヨークのハドソン川に不時着した。あの奇跡的事件のその後に焦点を当てたスリリングなドラマで、監督は米国映画界の名匠の一人クリント・イーストウッドだ。
物語は不時着に成功、搭乗員を含めた155名全員の生存が確認された数時間後から始まる。国家運輸安全委員会が、機長チェズレイ “サリー” サレンバーガー(トム・ハンクス)と副機長のジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)を呼び出し、空港に戻らず着水を選んだことに疑問を投げかけたのだ。コンピュータのシュミレートでは空港に無事戻れたとの結果、また機長らが主張する両エンジン停止も証明されず、サリーらは危険で無謀な選択をしたとの疑惑を追及され、窮地に追い込まれる。
サレンバーガーの著書を元に、トッド・コマーニキの脚本で再構成された「その後」から始まる物語。厳しい追及が続く査問会で、断固たる意見を主張するサリー。物語はレコーダーに残された不時着までの数分の再現を通して最高潮に達していく。
96分という短い時間で過不足なく見せてくれた事件のあらまし、その無駄のない演出は、86歳のイーストウッド監督の最良作の一つと言えるだろう。
また主演のハンクスも適役だった。ヒーロー好きの米国人にとって、事件は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、サリーは瞬く間にヒーロー扱いされていたが、本作のサリーは違っていた。常に冷静沈着、自身の仕事に自信をもつプロで、仕事と家庭を大切にするどこにでもいる人、どこかハンクスのイメージとも繋がる。
最後に、査問会で偉業を讃えられたサリーが、自分だけでなしえた偉業ではなく、沈着に行動した搭乗員や駆け付けた船の素早い救助など、この奇跡を支えた多くの人がいたことを指摘する。それは謙遜ではなく、事実だったのだろう。
彼は著書の中で、事件がリーマンショック直後に起きて、皆人々が人間の強欲さやエゴに辟易としていた時期に、皆が力を合わせた救出劇があったことは人間への信頼を回復する機会になった、というようなことを書いている。確かにそうだった。サリーは、慧眼の人でもあったようだ。

上映時間:96分。シアトルはシネコン等でスタンダード、IMAX両バージョンで上映中。

[新作ムービー]

土井 ゆみ
映画ライター。2013年にハワイに移住。映画館が2つしかない田舎暮らしなので、映画はオンライン視聴が多く、ありがたいような、寂しいような心境。写生グループに参加し、うねる波や大きな空と雲、雄大な山をスケッチする日々にハワイの醍醐味を味わっている。