The Favourite
(邦題「女王陛下のお気に入り」)
映画ファンなら、本作の主人公であるアン女王を演じたオリヴィア・コールマンがゴールデン・グローブの主演女優賞を受賞したこと、アカデミー賞でも作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞など最多の10部門でノミネートされていることはご存じだろう。確かに本作へのこの注目度は納得。特異なスタイルで見せる極上のコメディーだった。
舞台は18世紀初頭、フランスと戦争中とは思えない優雅な生活を送っていた英国王室。統治者のアン女王は半病人状態で、重大な意思決定は幼なじみの側近、サラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)がひとりで担っていた。そこへ、サラを頼って没落貴族の従姉妹、アビゲイル(エマ・ストーン)がやって来て、召使いとして働き始める。
ある晩、女王とサラの親密な様子を目撃したアビゲイルは、野心を芽生えさせる。彼女は巧みに女王に近付き、サラとは正反対に甘い言葉で包み込み、次第に信頼を得ていく。そして、王室内で権力を失い始めたサラを、徐々に追い詰めていくのだった。
この3女性は実在し、女王とサラの間で交わされたラブレターなども存在する。デボラ・デイヴィスがそれらの手紙を元に脚本を書き上げたという。だが、本作が描くのは恋のさや当てなどという甘い話ではない。17人もの子を死なせて鬱となった女王の過食、肥満、わがまま放題な日々と、彼女の心を掴んで権勢を得ようと躍起になる女2人。そんな女の権力闘争を特大カツラと厚化粧の政治家の男たちが遠巻きに見守る。その滑稽さを、ある時は辛辣に、ある時はエレガントに描き、卓抜した面白さである。
かつてこんな映画があっただろうか。女3人の愛憎劇ならゴマンとあるが、この三角関係に愛など存在しない。ここで描かれるのは権勢を渇望するリアルな女、その知的ドタバタ・ゲームである。
監督はギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス。09年の「Dogtooth」(邦題「籠の中の乙女」)がカンヌ映画祭で「ある視点賞」を受賞して世界の注目を集め、その後「The Lobster」(邦題「ロブスター」)「The Killing of a Sacred Deer」(邦題「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」)と続けて発表してきた奇才中の奇才である。自作脚本を元に、得体のしれない怖さとオフビートなユーモアという難しいバランスを持った映画世界をつくり上げてきた彼だが、本作では初めて演出だけを担当し、成功している。
近年多くの映画の中で、女は正義や愛、反面の邪悪を表現する存在として描かれてきた。だが、なぜいつも愛の側なのか、善悪なのか。それはどこか息苦しい。なりふり構わず愚かしくなれるのも女の選択、それもまた自由な女の姿なのではないか。ふと、そんな思いに得心する新時代の女性映画という気がした。