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映画ライター、土井ゆみさんが選ぶ この夏大注目の女性監督作品

日本語を活字で追う楽しみ、長らく忘れていませんか? 夏のバケーションにはぜひ日本語の本を携えて、のんびり読書はいかがでしょう。紀伊國屋書店シアトル店の皆さんに、各ジャンルから気になる本を選んでもらいました。

取材・文:ハーモニー・ケリー、小林真依子、ハントシンガー典子

 

世界的大ヒット作「Frozen」を生んだジェニファー・リーさんや「ZeroDark Thirty」のキャスリン・ビグローさん、「Wonder Woman」のパティ・ジェンキンスさんなど、女性監督の活躍が近年注目されています。しかし、ハリウッドで活躍できる女性監督は意外と少ないのです。本誌連載コラムでおなじみ、土井ゆみさんに各ジャンルのおすすめ映画を紹介してもらいました。

#MeToo で変わりつつある映画界
2016年、米国内で収益の多かった映画250作品中、女性監督作品はたった7%でした。「予想以上に男社会」がハリウッドの実態です。その内実を暴露する事件が昨秋起きました。ハリウッド大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン(5・7月に逮捕・訴追)による女優らへの性的暴行の告発です。被害者となった有名女優たちが次々と名乗りを上げ、これを機に#MeToo運動が生まれました。その後、#MeTooの告発の声は、映画界だけでなく米国のTVや政界を揺るがし、さらには世界中に広がり、日本でも政治家へのセクハラ告発へとつながっていきました。5月のカンヌ映画祭では、審査委員長のケイト・ブランシェットを始め、多くの女性たちが映画業界で働く女性への差別/ハラスメントの現状を訴えました。今、まさに映画界は大きく変化を遂げようとしています。華やかに見えるハリウッドで、ハラスメントに耐え、自分の声を押し殺してきた実力のある女性たちがいたことを思うと、改めて女性が自己表現することの困難さ、厳しさを思います。そんな状況下で、女性を主人公に独自の視点で映画作品を作ってきた女性監督が少なからずいます。今回は、そんな女性監督作品の名作、力作を世界中から集めました。全て、Netflixやアマゾン・プライム、YouTubeを通してストリーミングやレンタルが可能な作品ばかりです。女性監督の実力と感性の素晴らしさを体験してください。

 

ドキュメンタリー
Deliver Us from Evil(邦題「フロム・イーブル」、2006年)
Amazon、YouTube、iTunesで視聴可能

写真クレジットScreen Gems
北カリフォルニアのカトリック教会を舞台に、オグレディ神父による1970年代から90年代に至る子
どもたちへの性的虐待の実態を暴いた作品。成人後、虐待を苦痛と共に語り始める男性たち、信頼する聖職者に裏切られた家族の怒り、そして彼らの訴えを無視する教会の実態が、記録映像で映し出される。終盤で、逮捕され服役後に国外追放となったオグレディをオランダまで追って行く執念がすごい。ドキュメンタリー映画のあるべき姿を見せてくれる力作。監督はCNNの調査報道担当プロデューサー出身のエイミー・バーグ。

サスペンス
We Need to Talk About Kevin(邦題「少年は残酷な弓を射る」、2011年)
Amazon、Hulu、iTunesで視聴可能
写真クレジットOscilloscope Laboratories
作家のエヴァ(ティルダ・スウィントン)は望まぬ妊娠をし、生まれた息子にもなじめなかった。息子のケヴィン(エズラ・ミラー)もまた母を嫌い、エヴァの努力とは裏腹に、次第に邪悪さを増していく。時間軸を前後しながら描かれる、ある女と息子の不毛な関係。暴力性を秘めた鮮烈な映像を通して、愛し合えるはずの母子の幻想が壊れていく心理サスペンスの異色作だ。監督はスコットランド出身のリン・ラムジー。長編は4作と寡作だが、どれも他に類を見ない衝撃的な作品ばかり。娯楽性や物語性に流れず、自らの作家主義を貫く数少ない女性監督のひとりだ。

邦画
あん(英題「Sweet Bean」、2015年)
Netflix Streaming、Amazonで視聴可能
写真クレジットKino Lorber

売れないどら焼き屋に、老女が訪ねてきて、自分のあんを食べてくれと言う。店主の男はおいしさに瞠目し、彼女を雇い、店は瞬く間に繁盛。借金の返済のためにどら焼き屋をやっていた男が、彼女の愛情を込めたあんに触れて生き返る。だが、老女への悪い噂が立って……。触れ合う魂の美しさと見えにくいハンセン病差別の存在を静かに描いた秀作で、主演の永瀬正敏と樹木希林の演技が格別に素晴らしい。樹木はこの役で日本アカデミー賞主演女優賞を受賞。監督は河瀬直美で、97年にカンヌで新人賞を得て以来、作家性の強い独自な作品を作り続けている。


ヒューマン・ドラマ
Mudbound(邦題「マッドバウンド 哀しき友情」、2018年)
Netflix Streamingで視聴可能
写真クレジットNetflix
第二次大戦前後のミシシッピ農業地帯を舞台に、複雑に交差する白人と黒人家庭のそれぞれの厳しい暮らしぶりと、戦後帰還した若者の姿が描かれる。欧州では差別がなかったという黒人青年、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ白人青年、忍耐強く家族を守り続けた黒人の母、不幸な結婚を耐えた白人の若い妻など、人種/性による差別、戦争と貧困が人々の心と体に残す傷跡を丁寧に描き出した秀作。監督はアフリカ系米国人のディー・リース。出演はメアリー・J・ブライジ、キャリー・マリガン、ジェイソン・クラークなど。

ファミリー
Whale Rider(邦題「クジラの島の少女」、2002年)
写真クレジット:Newmarket Films
写真クレジットNewmarket Films

クジラに乗る勇者の伝説を信じるマオリ族は長年、男を族長としてきた。しかし、族長の長男は12歳の娘、パイケアが族長を継ぐべきだと信じていた。反対する祖父/族長は、村の少年たちをテストするが誰も合格しない。パイケアだけがテストに合格する。そして、島にクジラの大群が打ち寄せられ、パイケアはクジラを助けるために海に飛び込むのだが……。圧倒的なエンディングのイメージが目に焼きつく。監督・脚本はニュージーランドのニキ・カーロ。パイケアを演じたケイシャ・キャッスル=ヒューズが凛々しく、愛らしい。


コメディー
Bend it Like Beckham(邦題「ベッカムに恋して」、2003年)
Amazon、YouTube、iTunesで視聴可能

写真クレジットRedbus Film Distribution

インド系英国人のジェスは、ベッカムとサッカーを愛する18歳だ。ヒンズー教の教えを説く母は女子のサッカーに大反対だが、母に内緒でチームに入団。ところが母にバレてプレイは禁止、大事な試合の日に姉の結婚式に出るように命令され、一計を案じるが……。強烈な母親に押しまくられつつも頑張るジェス、親友との行き違いあり、恋あり、豪華なインド式結婚式ではボリウッドばりの歌と踊りもあって、という盛りだくさんな楽しさ。監督はインド系英国人のグリンダ・チャーダ。主演のパーミンダ・ナーグラも元気いっぱい、好感度抜群だった。


ホラー
The Babadook(邦題「ババドッグ」、2014年)
Netflix Streamingで視聴可能

写真クレジットUmbrella Entertainment

 

夫を交通事故で亡くした母は不眠症で、頻繁にトラブルを起こす過敏な息子との暮らしに疲れ果てていた。そんなふたりの生活に投げ込まれた絵本の怪物「ババドッグ」。正体不明の怪物に苛まれ、母親の心が少しずつ壊れていき、そんな母を悲鳴を上げながら引き止めようとする幼い息子。孤立した母子家庭を舞台に描かれるホラーには、ひとりで子育てをする母の孤独と狂気がビビットに描き込まれ、さすが女性監督と唸らされた。監督はオーストラリアのジェニファー・ケントで、彼女の長編第1作。世界の映画祭で注目を浴びた。


外国映画
Mustang(邦題「裸足の季節」、2015年)
Netflix Streamingで視聴可能

写真クレジットAd Vitam

 

両親を亡くし、トルコ農村地帯にある祖母の家で暮らす5人姉妹の物語。ある日、少女たちは近所の少年たちと海で遊んだことで祖母から叱責を受け、家に閉じ込められる。13歳の末っ子だけが元気だが、姉たちはそれぞれに秘密を抱えていた。自由を奪われ、傷もの扱いされた少女たちに鬱積するストレス。内向する思春期独特の感情体験をリリカルな映像で追いながら、トルコの女性差別の実態をさりげなく描き出す。監督はトルコ系フランス人のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンで、彼女の初監督作品。トルコで育った自身の体験を元に製作した。