今回主役のたてものは、パイオニア・スクエアの真ん中にある駐車場。イェスラー通りとジェームス通りが45度くらいの鋭角で出会う三叉路の角に建つケーキのような三角形の建物で、「シンキング・シップ(沈む船)」という別名でよく知られている。たしかに正面から見ると、おしりから沈んでいく大きな船のへさきに見える。
坂の途中にあるので、4階建てにもかかわらずどの階も地上から直接出入りできる便利なパーキングではあるけれど、この建物が有名なのはその便利さや美しさや建築的重要性からではなくて、その反対の理由から。コンクリートそのまんま、まったく飾り気なしの形状は、どこかほかの近代的な街角にあったなら特別どうということのないふつうの駐車場かもしれないが、優雅な装飾をほどこした煉瓦のビルが並ぶ歴史エリアの、しかもよりによって一番目立つ角に出現したとあって、1962年の完成時にはたくさんの人にショックを与えた。持ち主の家族までが「シアトルで一番醜い建物」と言うほど、悪名高い建物になってしまったのだ。
この場所には、シアトル創成期には「オキシデンタル・ホテル」という優雅なホテルがあり、1890年に一帯が焼け野原になった大火のあとにもすぐに三角形の「シアトル・ホテル」が再建された。その後ホテルはオフィスに姿を変え、パイオニア・スクエアが中心街としての役目を終えてだんだんと寂れていくにつれ、20世紀半ばにはすっかり空きビルに。当時のパイオニア・スクエアは時代に取り残された治安の悪い地区とみなされていて、古いビルをみんな取り壊してダウンタウンに通勤する人のための駐車場にしようという、今から考えるとかなり乱暴な開発計画が説得力を持っていた。そればかりではなく、今ではシアトルの貴重な観光資源になっているパイク・プレイス・マーケットも時代遅れだとして取り壊され、駐車場にされてしまうところだった。
1961年、そんな再開発の第一陣としてシアトル・ホテルの建物が取り壊され、その後にこの「沈む船」駐車場が現れた。地元の歴史家によれば、あまりにも無愛想で周りとそぐわないこの建物がシアトルの歴史的建築物保存運動を盛り上げ、その結果、パイオニア・スクエアは歴史地区に、パイク・プレイス・マーケットは歴史登録財に指定されたという。不名誉な注目のされ方ではあったが、このビルは煉瓦の町並みと活気ある市場を救うきっかけになるという大きな役割を果たしたのだった。
[たてもの物語]