健康な歯でスマイルライフ
日本では北海道医療大学歯学部で博士号を取得。米国でもロマリンダ大学歯学部を卒業し、2005年にPAN-PACIFIC DENTISTRY(パンパシフィック歯科医院)を開業した中出修先生に、アメリカで生活する日本人へ向けて歯や口腔について、説明していただきます。
抗うつ薬で歯ぎしりが増える?
われわれ歯科医にとって、患者さんの病歴や服用薬を確かめることは、安全な歯科治療を行ううえでとても重要です。たとえば、抗うつ薬(MAO阻害剤、三環抗うつ剤)を服用している場合、血圧上昇を引き起こすことがある血管収縮薬の入っていない局所麻酔薬を使わなければなりません。また、選択的セロトニン取り込み阻害剤(SSRI)の服用で歯ぎしり(Bruxism)が増加したという症例が報告されています。多くの抗うつ薬は口腔乾燥症を伴うことも知られており、歯科医にとって特に注意が必要な薬と言えます。
うつ病大国のアメリカでは、2020年時点で約4,500万人が抗うつ薬を服用すると言われ、とてもありふれた薬となっています。今回は、その中でも代表的なSSRIと歯ぎしりの関係を中心に書いていきたいと思います。
セロトニンとSSR
セロトニンは、腸管、血小板、脳内などで作られる神経伝達物質で、その生物学的機能は多岐にわたります。脳の働きに限定すると、精神の安定、安心感や平常心に関与し、頭の回転を良くして直感力を高めるなど脳の活発化にも大きな役割を果たします。うつ病は、ある種の脳内物質、特にセロトニンが少なくなった結果、起こるとする説が有力です。
SSRIは、神経のつなぎ目のシナプスにおいてセロトニンの取り込みを阻害することにより、脳内のセロトニンのレベルを高める目的で開発された薬で、結果としてうつ症状を改善させるというものです。多幸感をもたらし、「ハッピー・ドラッグ」と呼ばれるほど人気を集めています。一方で、下痢、疲労、体重の増減、頭痛、神経痛、過激な行動につながりやすく、逆に自殺を誘発することもあります。
SSRIが歯ぎしりを引き起こす理由
近年、SSRIの副作用として認知される歯ぎしりですが、その症例で報告されている具体的な薬品としては、フルオキセチン(Fluoxetine)、セルトラリン(Sertraline)、ベンラファキシン(Venlafaxine)などが挙げられます。これらの薬品が投与されてから2、3週間以内に歯ぎしりが増えたとのことです。
なぜ、SSRIが歯ぎしりを誘発するのか、そのメカニズムについては、まだ十分に解明されているとは言えません。ただ、SSRIが間接的にドーパミンという別の脳内物質を減らすためという説が有力視されつつあります。このドーパミンは、顎の動きを抑制するので、ドーパミン値が低下すると歯ぎしりが増えるというものです。
まとめ
アメリカでとてもポピュラーな抗うつ薬のSSRIですが、その副作用で歯ぎしりが増えると考えられています。歯ぎしりにより口を開けるのが困難になると、顎関節症のリスクも高まります。また、歯がすり減ったり壊れたりするケースも見られます。
歯ぎしりの多くは自覚症状がなく、睡眠時あるいは日中、無意識に強く食いしばってしまいます。思い当たる方は歯科医に相談すると良いでしょう。