今年に入って、似たような聴力検査結果が出る患者の数が増えてきた。聴力検査の結果は正常だが、鼓膜の動きが一般よりも少し弱いというもの。みな静かな場所では問題はないが、少しにぎやかなところでの会話が聞き取れず、仕事中に聞き間違いからミスを犯したり、夫婦間でちゃんと話を聞かないとけんかになったりすると言う。数年前に別の場所で検査をしたが、聴力は正常だということで、集中力の問題ではないかと言われた。患者の年齢は、30代から50代と幅広く、正常な結果では対処がないということで、なんとかやっていくしかないと自分に言い聞かせてきた。それでも、毎日おかしいという気持ちがあり、聴力検査を再度受けてみようということになったそうだ。
そのうちの1人は、腕利きのリアルター(不動産仲介者)で、私の顔見知りだった。たまたま私の職業を知る機会があり検査を受けてみたいと思ったのと、奥様から検査を受けるように以前から言われていたそうだ。結果は聴力正常、やや弱めの鼓膜の動きだった。彼の悩みは、人の話が聞き取れず何度も繰り返し言ってもらったり、にぎやかな所で聞きにくかったり、家族からテレビの音がうるさいと文句を言われることだった。これら3つの悩みは、難聴の人が持つ悩みだった。彼は以前から声が大きく会話がうまいが、時々私が話している時に会話をかぶせてくるという印象があった。この人は他人の話をあまり聞かず、強引な人なのだとずっと思っていた。彼の聴力は一般的に正常だと伝えたが、難聴患者と同じ悩みがあるので、補聴器をオフィスで試してみるかどうか尋ねた。彼は、試してはみるが、まだ50代ということで、補聴器をつける自分が想像できないと消極的だった。
装着した瞬間に「うわっ、これほど楽にクリアに聞こえるものなんだ!」と感激。オフィスでの短時間試聴のはずが、一週間の貸し出しになった。仕事上、電話で話をすることが多いので、彼のiPhoneと連動するように設定して、その日の作業は終了。一週間後、彼が補聴器を返しに来て、部屋に招きいれた直後、座る時間も待たずに「これ最高だよ! 購入するのに次にすることは?」と嬉しそうに 言った。この一週間、電話でのやりとりが楽で、にぎやかな所でもよく聞き取れて、補聴器をつけていないとテレビがうるさいため、奥様とお子さんからつけろと催促されたようだ。私はてっきり、補聴器を返すのだと思っていたので、この急展開に非常に驚いた。
見た目が気になると言っていたが良いのかと尋ねたところ、聞こえることが今の自分にとって一番大事なのだそうだ。補聴器の購入後の評価期間も終わり、これからは3カ月ごとに会うことになった。評価期間中に会うたびに、この人は傲慢ではなく、こんな感じの人だったのだと何度も思い、今までの印象とは非常に違うと感じた。聴力問題が彼の印象を悪くしていたようだ。今度は奥様も連れてくるよ、と嬉しそうに言ってくれた。
[耳にいい話]