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中耳炎と補聴器

今回は57歳の男性の話をしよう。ひげを生やし、髪をピッグテールにして、上から下まで革製の服に包まれている。大型バイクに乗ってハイウェイを 走っている姿を想像させる人だった。そんなイメージに相反するのが、移動型の酸素吸入器を引っ張っていることだ。彼の病歴は10ページほどに及び、 常用薬のリストは2ページにも及んだ。鼻に酸素吸入の管を付け、会話や聴力検査の途中で酸素吸入の音が頻繁に入り、音が大きいためたびたび中断され て、初診は2時間にも及んだ。慢性の病気をいくつか抱えて辛そうだったが、話してみると人当たりがよく、診察が長時間に渡っていることにひたすら恐 縮しているような気の良い人だ。

病気のために仕事もできないということだったが、以前よりは体調が良くなったようで、奥様のすすめもあって、聴力検査と補聴器の試着に来院したそう だ。

普段は人の話がよく聞き取れないため、客が来たり、成人になっている子どもが家に立ち寄ると、挨拶だけ交わしてすぐガレージにこもった。そこが、誰 とも話さなくてよいお気に入りの場所だった。

病気になる前は、狩猟に行ったり奥様や仲間とバイクで遠出をしたり、バーなどでお酒を飲んでたくさんの人とお話をするのが好きだったそうだ。

右耳は慢性の中耳炎で、鼓膜の裏に液体が溜まったり、鼓膜に取り付けた通気性のチューブが勝手に落ちたりするため、1カ月に1度は耳鼻科で鼓膜を 切って中耳の液体を吸い取ってもらってチューブを付け直す必要があった。初来院の日は、直前にその処置をしてもらったとかで、耳の状態は良いという ことだった。

聴力検査の結果は重度の難聴。早速、補聴器を一週間試着してもらった。補聴器をつけている時は奥様が上機嫌だとかで、一週間後に購入即決。奥様も付 き添って一度来院されたが、もう大声で叫ぶ必要がないことを非常によろこんでおられた。現在は、通常設定のほかに、中耳炎がひどくなった時用の設定 もつけて、どの状態でも聞こえるようにしてある。耳垢がよくたまる体質のため毎月来院してもらっており、私もその変化を目の当たりにすることができ た。

不思議なことに、補聴器を使用するようになってからチューブが外れなくなり、鼓膜の裏に液体が溜まる間隔も3、4カ月に延びるようになった。補聴器 使用から3カ月ほどで酸素吸入器が必要なくなった。今年の3月頃からはバイクにも乗り始め、6月に奥様とバイクで遠出をしたことや、以前のように夜に バーに行って仲間との話で盛り上がったというようなことを話してくれた。常用薬の数も大幅に減り、仕事も徐々に始めているそうだ。

補聴器を着けるようになってから引きこもりのような生活から抜け出て、以前のような生活を楽しめるようになってきたそうだ。最初の頃、長くかかって いた診療時間が、今では10分ほどで終了する。最初の出会いから1年間ほどが過ぎ、その間にチューブを付けなおした回数はわずか3回。補聴器を使うこ とで人との付き合いが再開でき、それが結果的に彼の健康を向上させたようだ。「今は、毎日が楽しい」と言っていた。

[耳にいい話]