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難聴と補聴器について

今回は、50代後半の男性の話をしよう。彼はファイナンシング会社の副社長だが、それを知ったのは後日のこと。気さくで、軽い自虐ジョークを連発して、黙っていると ジェームズ・ボンド役のダニエル・クレイグに似ているというのが私の第一印象だった。7年ほど前から、会話中に聞き取れない言葉があることに気づくようになっていた。当時は50代前半だったことから、別の場所で聴力検査を受けて難聴と診断されても、まだ補聴器を使うには早いと自分に言い聞かせて、今日まで何もしなかったそうだ。子どもの頃、左耳の鼓膜が破れたそうで、右耳の方が良いということだった。最近、家族から聴力を調べにいくように催促され、今回の来院となった。

検査によって、右耳の鼓膜と比較して、左耳の鼓膜の動きは少し弱めだったが、正常に動いていることが分かった。左右とも、中音から高音にかけて中度の難聴だったが、左の方は、低音もかなりの難聴だった。年をとると耳が遠くなる、いわゆる老人性難聴あるいは加齢性難聴は、まず高音から難聴になり始めるが、一般的に中音が難聴になるのはかなり経ってからだ。彼の場合は、残念なことに50代で中音が下がり始めていた。会社での様子を尋ねてみると、聞こえていなくても、自分は上司だからと聞こえたふりをして、その場を押し通すなどと、本当ともウソともとれる発言をいくつか言ったが、その後に、出張がよくあって、相手の会話で苦労しているということも話してくれた。

そのため、最近になって、聞こえを何とかしないとという気持ちが強くなってきたようだった。まずは一週間、補聴器を試してみることになった。補聴器を装着して会話をし始めると、それまで前のめりの姿勢だったのが改まり、いすにゆったり座って、雑音の中で私と会話を続けることができた。早速、数日後に出張だということで、大事な商談の場で補聴器を使ってみると意欲満々だった。次に来た時に、彼は補聴器を購入した。理由は4つ。いつも決まって数人の同じ女性たちの言うことがよく聞き取れなかったのに普通に聞き取れた。ボソボソ話している部下たちがちゃんと話していることが分かった。商談がうまくいった。奥さまが一度で分かるような、ちゃんとした会話文を話せるようになった。

この最後の理由は、後日、奥さまから詳細を聞く機会があった。彼には、単語か文節をぼそっと言って、他人に分かるような会話文を作らないというくせがあったようだ。そのため、夫婦間で理解の食い違いがあり、けんかがあったそうだ。奥さまの話によると、不思議なことに、補聴器を装着するようになってから、彼がちゃんとした会話文を発しようと努力するようになったそうだ。このようなケースは初めてなので、どうして彼がそうなったのか説明がつかない。しかし、もしかすると、補聴器を通して、自分の声がよく聞こえるようになったので、文を組み立てる脳が活性化したのかも……? 何はともあれ、これからは良き上司として、良き夫として、がんばってほしい。

[耳にいい話]

真宮 杏奈
ワシントン州と米国認定のオーディオロジスト。ワシントン大学で Speech and Hearing Sciences: Communication Disorders で学士号、Doctor of Audiology プログラムで聴覚博士号を取得。2012年にPAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) を開業。 PAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) 1605 S. Washington St. Suite 6, Seattle, WA 1370 116th Ave. NE, Suite 201, Bellevue, WA ☎ 425-455-0526