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聴力検査と補聴器

20代後半の女性が母親と共にやって来た。20代前半とも思えるような華奢でかわいらしい感じの女性で、彼女の母親の知り合いから勧められて、聴力検査のために遠方から来てくれた。いろいろなところに耳の相談で行ってみたのだが、雑な(?)扱いをされたようで、これが最後のつもりで、母親が説得して来ることになったそうだ。2年前に、崖の上をハイキングしていて、地面の割れ目を飛び越えて着地した瞬間にバランスを崩してしまい、後ろに倒れて30フィート落下した。幸いにも命に別状はなかったが、後頭部を骨折し、右後頭部に血が溜まる重傷だった。

それから2年、後頭部の一部はまだ陥没しているが、事故以前と同様に歯科助手を務めていた。事故以来、耳の聞こえが悪く、仕事がしづらいと日々感じていた。歯科医の向かいに座って歯科医の補助をするのが仕事で、吸引やドリルの音が鳴り響く中、歯科医の指示を聞いてサポートする必要がある。歯科医も彼女もマスクをして下を向いて作業をしているので聞こえにくい。その歯科医は別の国から来ているのでアクセントがあり、指示はあまり言わなくても察するのが助手たるものという考えがあるようで、あまり指示を出さない人のようだ。彼女は、歯科医の不満を日々感じて、それでも生活のために何とか頑張ろうと思っているようだ。今年の初めに、夫からの希望で離婚をすることになり、その精神的な傷もやっと癒えてきて、耳の問題に向き合う決心をしたそうだ。

聴力検査の結果は、正常な左耳に対して、右耳は重難聴だった。両耳とも鼓膜の動きが弱く、左耳が正常な結果でも、聞きづらいという状況は簡単に想像できた。また、会話の最中、彼女の受け答えがほんの少し遅いと感じられたり、彼女の言葉のチョイスに違和感を覚えたり、頭部に受けた衝撃が
言語の処理能力に影響したのではないかと思われることがあった。歯科医が不満を感じるのもわかるような気がした。

まずは貸し出し用の補聴器を両耳で使えるように設定して、仕事中に使ってもらうように用意した。正常な耳にも補聴器を貸し出し、1個か2個、どちらが聞きやすいか、1個であれば、どちらの耳に付けたほうが良いかを彼女に判断してもらおうと思った。単純に考えると、難聴の側に1個あれば良いのではと思うが、彼女は頭蓋骨骨折が原因なので、ベストな設定は実際に体験してもらわないとわからないところがあった。補聴器を彼女の携帯電話と一緒に使えるように設定して、ひと通りの説明を行った。最後に、彼女の好きな音楽を、補聴器を通して聴いてもらった。曲がかかり、しばらく聴いていた彼女は、「音楽をこんな風に聴ける日がまた来るなんて……」とつぶやき、今にも泣き出しそうな
顔を向けた。

[耳にいい話]

真宮 杏奈
ワシントン州と米国認定のオーディオロジスト。ワシントン大学で Speech and Hearing Sciences: Communication Disorders で学士号、Doctor of Audiology プログラムで聴覚博士号を取得。2012年にPAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) を開業。 PAC Audiology クリニック オーディオロジスト(耳の専門医) 1605 S. Washington St. Suite 6, Seattle, WA 1370 116th Ave. NE, Suite 201, Bellevue, WA ☎ 425-455-0526