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がん治療における臨床試験について 後編〜私たちの命を守るヘルスケア

がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。

がん治療における臨床試験について
ー後編 ー


前回は、研究から臨床試験を経て「標準治療」となるまでのがん治療開発の流れについて説明しました。今回は、誤解されがちな「先端治療」と「標準治療」という言葉の意味の違いを解説します。また前回、がん治療の開発は研究者が研究室の中だけで行うのではなく、たくさんの患者さんの協力を必要とする「臨床試験」が不可欠なことにも触れました。今回は、臨床試験に参加する患者さん側のメリットや臨床試験の課題について取り上げていきます。
「先端治療」VS「標準治療」
前回お話しした通り、がんの「標準治療」となるためには3相の試験をクリアする必要があります。第I相試験で試された薬のうち第III相試験までくぐり抜け、標準治療候補となるのは10%以下といわれています。
「先端治療」という言葉の響きから、「標準治療」の先を行く、より効果の高い治療と誤解する人がいるかもしれません。しかしこれは単に「試験的な新しい治療」という意味で、臨床試験をクリアして有効性と安全性が証明された「標準治療」ではありません。
もちろん、現在の「標準治療」も10~15年ほど前には「先端治療」として第I相試験で試されていたことになりますが、「先端治療」といわれる薬剤や技術には、臨床試験を実施する中で効果を実証できなかったり、重篤な副作用が認められたりして開発が中止され、「標準治療」にならないものが多くあります。つまり、実際のところ、現在の「先端治療」が将来的な「標準治療」となる確率は高くはないのです。言い方を変えれば「標準治療」とされているものは、多くの試験をくぐり抜けた結果最も有効とされ、安全性も確立された治療といえるのです
臨床試験に参加する意義
一方で、臨床試験を実施中の「先端治療」は、確率は高くはないながらも成功すれば将来の標準治療になる可能性を秘めています。そのため、臨床試験への参加を通して先端治療を受けてみることは、将来の標準治療を現時点で受けられる機会となる可能性もあります。
どのようながん患者さんが臨床試験への参加を検討すべきかは、難しい問題です。すでに効果の高い標準治療がある場合と、残念ながら今ある標準治療の効果がほとんどない場合とでは、臨床試験を通して「先端治療」を受けてみることへの考え方も異なるでしょう。
臨床試験に参加するには
臨床試験への参加については担当腫瘍内科医と相談することが最も重要ですが、セカンドオピニオンも非常に有意義だと考えます。担当医が把握している臨床試験もありますが、クリ二カルトライアルズ・ドット・ガブ(https://clinicaltrials.gov)のウエブサイトでは、全米で行われている臨床試験を閲覧できます。病名や地域での検索も可能です。
臨床試験は「標準治療」と違い、その試験に参加している施設でのみ受けられます。「新たな治療法の効果を安全で倫理的に認められた形で検証」するため、試験ごとに対象患者や治療スケジュール、治療効果、副作用評価の頻度や方法を細かく定めたプロトコールに厳格に従って実施されます。
このため参加を希望しても、条件を満たすかどうかを判断するスクリーニング結果によって参加できない場合もあります。また、試験開始後にプロトコール通りに受診や検査を受けられない状況が続けば、試験への参加継続は難しくなります。
臨床試験では、「試験」として行われる投薬や検査での患者さんへの経済的負担は基本的にはありませんが、定期的な画像検査や基本的な血液検査などは保険診療となる場合があります。臨床試験は患者さんの同意に基づいて行うので、患者の意思により途中で臨床試験から抜けることは可能です。
最後に、大きな臨床試験などは欧米を中心に行われていることが多く、参加者の人種に偏りがあったり、マイノリティーの参加が非常に限られているなど、今後解決すべき課題は多く残ります。
臨床試験について腫瘍内科専門医として私が考える最も大切なことは、患者さん自身が目の前にある治療選択肢に対して「良い点」「悪い点」を医療者に十分に確認し、自身でも情報収集した上で、医療者や家族と共に納得のいく治療選択をすることだと思います。

藤井健夫 腫瘍内科専門医
信州大学医学部卒業、沖縄米国海軍病院、聖路加国際病院にて研修後に渡米。ハワイ大学、ノースウェルヘルス、MDアンダーソンがんセンターで内科、腫瘍内科のトレーニングを終え、現在はアメリカ国立衛生研究所(NIH)内の米国国立がん研究所(NCI)で診療を行いつつ自身の研究室を主宰。専門は乳がん。
FLAT・ふらっと
2013年から続く乳がん・婦人科がん患者サポート団体のJapanese SHAREが、2023年4月1日より、ニューヨークを拠点とした非営利団体、FLAT・ふらっとに活動の場を移行。乳がん・婦人科がんのほか全てのがん患者、高齢者、スペシャルニーズのある子どもの保護者を対象とし、在米日本人コミュニティーを健康と医療の面から支える。