がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。
異国の地でメンタルヘルスを保つ方法
異国の地での孤独感
未就学児の子ども4人を連れてアメリカに住んで1年が経ちました。そのうちの1人は小学生となり、時間の流れを感じます。右も左も分からなかった渡米当初のアメリカ生活から、ようやく少し抜け出せた気がします。それは特にメンタル面での変化が大きいように思います。
振り返ると、異国の地での生活は想像以上にストレスを感じるものでした。言葉の壁はもちろん、日本では意識しなかった「移民である」という事実、市民権や永住権がもたらす意味についてもアメリカに来て初めて考えるようになりました。また、アメリカで日本人に出会えても、ビザの条件が異なっていたり、日本のように同じ境遇とは限りません。心の隅に「全てを理解してくれる人はいないのでは」という孤独感を抱えることもありました。
そんな私が意識したことは、「受け入れること、許すこと」。自分の弱さを受け入れ、うまくいかない自分を許すようにしました。自分を責めても良い結果にはつながらず、その雰囲気は子どもにも伝わり、家族の空気まで悪くなってしまいました。「こんなことならアメリカに来なければよかった」という言葉を何度、唱えたことでしょう。自虐的になり、人と関わるのが怖い日もありました。
今の自分を受け入れる
しかし、結局のところ、ありのままの自分を受け入れなければ答えは出ません。「うまくできなくてもいい、人と比較せず、今の自分ができることを1つずつやろう」と自分に言い聞かせました。自分が疲れない範囲で、1歳の長男と少しずつ行動範囲を広げていきました。近くの公園に行き、慣れたら徒歩圏内の少し遠い公園へ。最後はバスに乗って図書館に行くようにもなりました。
そうするうちに出会う人が増え、息の合う友人もできました。友人に頼ったり頼られたりする中で信頼関係が生まれ、心の中の思いを吐き出す場所ができ、孤独を感じる時間が減りました。もし自分の思いを受け入れず、無理をしていたら、荷物をまとめて日本に帰っていたかもしれません。もしくは、心身を病んで動けなくなっていたかもしれません。
人に頼るという勇気
自分を守れるのは自分だけです。それは、自分を追い詰めるのではなく、むしろ「主人公は自分。そして不安定なときはそれを認めて、いろいろな人に頼ればいい」と私は考えるようにしています。言葉に書くと簡単に聞こえますが、案外難しいのがメンタルヘルスの奥深いところ。すぐに実行するのは難しくても、どんな時に落ち込みやすいか、など意識して自分の性格を知ることが鍵だと思います。
人に頼ることは自分の弱みを見せることであり、「人に迷惑をかけてはいけない」という知らず知らずのうちに根付いた考えが影響し、なかなか勇気がいるものです。しかし、最近思うのは自分が心を開かなければ、なかなか頼ってももらえないということです。たとえば、少し距離を感じていた人が悩みを打ち明けてくれると、一気に距離が縮まるような経験はないでしょうか。もちろん、誰にでも頼れるわけではありません。私は「どうしても自分で悩みを抱えきれない時に頼れる人リスト」を作っています。
特に異国の地では、何が起こるか分からない毎日です。防災グッズのように準備をしておくことが大切です。また、自分が困ったときに助けてもらう姿を子どもに見せることも、「困った時は一人で抱え込まなくてもいい」という社会勉強になるのではないかと考えています。
新たな一年に向けて
人生にはさまざまな出来事がありますが、どんな時でも雨が止む日は必ず来ます。良い時も悪い時も自分を受け入れながら、生きていくことを学んだ一年でした。こんな私の経験を「精神科医でもメンタル維持が難しい時があるんだな」と思っていただき、少しでも励みにしてもらえたら嬉しいです。
このコラムが掲載される頃には、新しい年が始まっているでしょう。昨年うまくいかなかったことも一つの思い出として受け止め、皆さまにとって今年は少し前に進める年になりますように!
■医学博士 精神科専門医 産業医。2023年に渡米し、現在アメリカにて7歳、5歳、4歳、2歳の4人の子育てに奮闘中。日本とアメリカの子育ての違いや共通点など、自身の経験をもとに発信。神戸市『こどもっとkobe』の専門家コラムを2021年より執筆中。また神戸新聞子育てクラブ『すきっぷ』の「専門家に聞く」にて産後うつや発達の悩みについての相談先を紹介している。