がん患者だけでなく、悩める人たちの心身の健康をサポート。現在のアメリカの医療環境で今、私たちができることを探ります。
10月の乳がん月間によせて
米国では女性の8人に1人が乳がんを発症すると言われています。乳がん啓発月間の今月は、FLAT・ふらっとのボランティアで乳がんサバイバーのロング容子さんと、臨床アドバイザーの田原梨絵先生からのメッセージをお届けします。
ステージ3から長期サバイバーへ
-ロング容子
-ロング容子
「ステージ3の乳がんです」と診断された日は、私たち夫婦の結婚20周年記念日でした。
私は若くしてアメリカに渡り、大学卒業後に結婚、仕事と、ごく普通の生活を送りながら、3人の子どもの子育て真っ最中でした。子どもとの時間を増やせればと仕事を辞め、先送りになっていた健康診断と、初めての乳がんのマンモグラフィーの検査に行ったのです。
まさか、その1週間後に乳がん宣告を受けるとは思いもしませんでした。その晩、帰宅した主人にステージ3の診断結果を伝え、2人で泣きました。主人は大学時代に母と姉をがんで失っているため、私のがん宣告は彼にとっても大きなショックだったと思います。今から10年前のことで、末っ子はまだ8歳でした。「この子が成人するまでは元気でいなきゃ」と誓いました。
腫瘍内科医から、まず標準治療を行うと説明されました。なぜ標準治療が私にとって最適なのかを丁寧に説明してくれましたが、それでも「本当に標準治療で治るのだろうか?」という不安は消えませんでした。他州の大学病院でセカンドオピニオンも受けましたが、やはり同じような標準治療を勧められ、結果的に化学療法・両胸全摘・放射線療法・子宮卵巣摘出を受けることになりました。自己組織で胸の再建も行い、10年間続けたホルモン療法も来年で終了予定です。治療後の後遺症はありますが、子どもたちの成長を見守れる自分がここにいることを考えると、それも受け入れられます。
幸運にも「サバイバー」として生き延びた今、同じように闘病する患者さんに恩送りしたいと考えていた時に、「FLAT・ふらっと」の前身となる患者支援団体と出会いました。
現在、私はボランティアとしてZoomミーティングを通じ、さまざまな状況のがん患者さんとお話しする機会をいただいています。私の経験だけでなく、参加者のみなさんの経験もまた、お互いの心の支えになっています。日本にいる家族に心配をかけたくないと思う一方で、日本語で気持ちを分かち合いたいという在米日本人患者さんたちの思いは切実です。そんな時に、日本語でお手伝いできることが、サバイバーとしての私の使命だと感じています。
乳がん治療で最初に知っておいてほしいこと
-乳腺科医師・田原梨絵
FLAT・ふらっとの乳がん臨床アドバイザーの田原梨絵です。皆さんは「標準治療」という言葉からどのようなイメージを思い浮かべますか? 「標準」と聞くと、「標準以上の特別な治療があるのでは?」と考える方も多いかもしれません。しかし、がん治療における「標準治療」とは、現時点でエビデンス(科学的根拠)によって有効性が証明されている、最良の治療法を指します。多くの臨床試験の結果を基に専門家が検討を重ね、最善であると合意されている治療法なのです。つまり、標準治療以上に有効な治療は存在しません。
この「標準治療」という言葉に対するイメージと、その真の意味とのギャップから臨床現場では誤解が生じることが多々あります。容子さんの体験談でも「本当に標準治療で治るのだろうか? との不安が残りました」とあるように、標準治療は並の治療で最良の治療ではないのでは? という不安が生じてしまうのです。容子さんはセカンドオピニオンでも標準治療を勧められたことで、その治療法を選択し、今の素晴らしいサバイバーとしての活動につながっています。
さまざまな医療情報があふれる中、専門家から見れば間違った情報や、根拠のない治療も多く存在します。自分や家族ががんと診断された時には、正しい情報を選び、最良の治療である「標準治療」を選択することがとても大切だということを、ぜひ皆さんに知っていただければと思います。
ロング容子■FLAT・ふらっとの患者ミーティング・ファシリテーター。1987年に渡米し、米国の大学を卒業後、働きながらMBA取得。金融機関勤務、会社設立を経て、現在は専業主婦を満喫中。
田原梨絵■FLAT・ふらっとの乳がんプログラム臨床アドバイザー、一般社団法人BC Tube理事を務めるアメリカ在住の乳腺科医、MD。ダナファーバがん研究所研究助手、MDアンダーソンがんセンターのリサーチ・インターンを経験。