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紀伊國屋書店 森下直哉さん

シアトル駐在日誌

アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。

森下直哉■ 東京都出身。1999年、株式会社紀伊國屋書店入社、2018年4月よりKinokuniya Book Stores of America Co., Ltd. のシアトル駐在となる。入社からこれまでの19年間で実に6回の転勤を経験。登山と屋久杉が好きで鹿児島勤務時代は屋久島に5回も足を運んだ。シアトルにいるうちに、固有種の動植物が多く見られる南米の秘境、ベネズエラとブラジルの国境近くにあるギアナ高地に行くのが夢。

大学は経済学部を卒業し、金融関係に就職する友人も多い中、昔から本が大好きで、本に関わる仕事がしたいと思いこの仕事を選びました。最初は新宿本店に配属となり、そこではビジネス書を担当。横浜・ニューヨーク・再び新宿・鹿児島・久留米を経てシアトルは7つ目の勤務地です。入社当時から国内外問わず転勤が付きものだとは覚悟していましたが、2回目の海外勤務は社内でもめずらしく、しばらくの間はここに落ち着けたらと思っています。

紀伊國屋はアメリカ国内に12店舗、その他シドニー、ドバイ、台湾、シンガポール、マレーシアなどを含めると全世界に合計31店舗あり、若い社員を積極的に海外に出して経験を積ませる文化があります。私も最初の海外勤務は27歳の時のニューヨーク店でした。もともと英語に苦手意識があり、この初めての駐在時、英語はほぼゼロの状態。当時はまだ、メインのお客さまは日本人で、しかも和書担当になったこともあり、幸か不幸かニューヨークにいながらも日本語だけでつつがなく仕事を進められたため、ほとんど英語が身に付くことなく駐在生活を終えてしまいました。シアトル店でまたゼロ からやり直すつもりで来ましたが、ここでも日本語堪能なスタッフに囲まれ、私のつたない英語の出番はクレーム処理など限られた場面でのみという状態です。

現在の主な仕事は店舗のマネジャーとして、どんな書籍やグッズをどのように売っていくか、12人のスタッフと話し合いながらより良い店舗づくりをすることです。日本の情報やトレンドをいち早くキャッチすると同時に、現地の好みや売れ行きに合わせた売り場にしていくことが求められます。シアトル店は場所柄、アジア系アメリカ人のお客さまが多く、書籍だけでなくキャラクターグッズもよく売れています。たとえば「となりのトトロ」や「魔女の宅急便」に代表されるスタジオジブリの商品は、紀伊國屋が唯一のオフィシャルパートナーとしてキャラクターグッズを販売し、全米ではシアトル店が最も売り上げの大きい店舗です。アメリカではジブリ作品の中でも「ハウルの動く城」が人気。今年は「となりのトトロ」が誕生30周年だったので、過去の販売実績や経験、それに勘(笑)と、さまざまな要素を鑑みながら、記念グッズの販売戦略を立てました。

入社以来いろいろな店舗でさまざまな経験を積んできましたが、最も本屋らしい醍醐味を味わえたのは、2度目の新宿本店勤務での「文庫担当」時代かもしれません。ほとんどの分野で新しい本か、メディアなどで話題になった本しか売れない中、文庫本は「掘り起こし」ができます。比較的安価ですし、スペースがなくてもレジ横のちょっとした場所でプッシュできるので仕掛けやすいんですね。棚づくりに書店員の個性を思う存分反映することができます。ひと昔前に発売された本や、過去にあまり売れなかった本が、私たちの腕ひとつで息を吹き返した時は本当に書店員冥利に尽きます。

自宅は店舗から歩いて通えるファーストヒルにあります。カレー、シチュー、そうめんといった簡単な料理しかしない私には不相応の4口コンロが付くオーブンのある見晴らしの良い家で、とても気に入っています。気ままな独身生活を楽しんでおり、もともと山登りが好きなので、体力の衰えを感じつつも、休みの日は1、2時間程度のハイキングに出かけることもあります。あとはやっぱり家で本を読んでいますね。読書の秋、皆さんもぜひ紀伊國屋へお越しください。

森下店長セレクト 読書の秋におすすめの文庫本

オービタル・クラウド 藤井太洋(ハヤカワ文庫JA) シアトルを舞台にしたSF小説。SF小説らしいスケールの大きさの中にも、どこか実際に起こりそうな 繊細な描写もあって、特にシアトルで暮らす皆さんは現実味を伴って楽しんでいただけるはず。

天空の蜂 東野圭吾(講談社文庫) 高速増殖原型炉「もんじゅ」を舞台にしたサスペンス小説。福島第一原発の事故が起こるずっと前の 1995年に、時代を先取りしてその恐ろしさに警鐘を鳴らした作品。

磯野 愛
2020年6月まで北米報知社でセールス・マネジャーを務める。北海道札幌市出身。2017年に夫の赴任に伴ってシアトルに渡るまでは、日本で広告代理店に勤務し、メディア担当、アカウント・エグゼクティブとして従事。ワシントン大学でMBA取得後、現在はシアトル発のスタートアップ、Native English Instituteのマーケティング担当として日本市場参入準備に携わる。趣味はテニスで、大会(とその後の打ち上げ)の再開を心待ちにしている。