シアトル駐在日誌
アメリカでの仕事や生活には、日本と違った苦労や喜び、発見が多いもの。日本からシアトルに駐在して働く人たちに、そんな日常や裏話をつづってもらうリレー連載。
稲村晋一郎(いなむらしんいちろう)■東京都出身。2007年三菱商事株式会社入社。2016年9月よりワシントン大学マスター・オブ・ヘルス・アドミニストレーション大学院に留学中。必死に英語を身に付けてきたが、自身の子どもたちが衝撃的なスピードで英語を習得している姿に愕然とすることも。勉強漬けで多忙な日々の中、ウッドランド・パーク動物園に出かけるなど子育ても楽しんでいる。
マスター・オブ・ヘルス・アドミニストレーション(MHA)とはワシントン大学が持つ大学院プログラムのひとつで、病院やクリニックといった医療機関の経営学を学ぶところです。私は三菱商事のヘルスケア部門の出身。ここは主に日本の病院に対してガーゼや注射器といった医療材料や医薬品の調達・管理をサポートしたり、海外から医療機器を輸入したりと、ヘルスケア業界におけるトレーディング業務を中心に事業を展開していますが、今後の中長期的な事業の成長を目指して2020年の完成を目途にミャンマーで病院事業に取り組むことが決まりました。三菱商事としても全く新しい分野へのチャレンジですので、こうした病院事業の経営を担う人材を育成・供給に海外留学制度が設けられ、私がその第1号に決まりました。日本人のMHA留学自体、ほとんど前例がなかったため、まずは留学先を探すところから自分で始めました。
来たばかりの頃は相当言葉で苦労しました。33名のクラスに留学生は私ひとりだけ。そのうえ、クラスメートは医療機関勤務経験者がほとんどです。医療関係の専門用語を覚えるのは大変で、特に苦労したのがアメリカの複雑な保険制度に関するもの。膨大に課される資料の読み込み、レポートの執筆、プレゼンテーションで、「読む」「書く」「話す」全てが鍛えられました。学んでいる内容は、医療機関が順守すべき法律や保険制度、会計、経営戦略、組織運営、リーダーシップなど多岐にわたり、近隣の医療機関から講師を招いて現場が直面しているリアルなテーマに触れながら、課題を解決する能力を養うことが求められます。また「メンター制度」といって地域の医療機関の経営者が直接個人指導してくれる制度があることや、3カ月の病院でのインターンシップを経験できることも、このプログラムの素晴らしいところ。卒業プロジェクトは、シアトル市内にあるハーバービュー・メディカル・センターが実際に抱える「外来施設の効率化」がテーマです。限られたスペースと人員の中で、どうすればより多くの患者さんを診ることができるか、現場から聞き取り調査をしたり、電子カルテからデータの抽出・解析をしたりして多角的な視野から最適な解決方法を提案すべく研究を進めています。
シアトルへは妻と6歳の息子、それに3歳の娘も一緒に来ました。妻の梨都(りつ)とは学生時代からの縁です。私が海外で仕事をしたくて三菱商事に入社したことも知っていて、この留学をとても喜び、そして応援してくれています。せっかくですからプライベートではアメリカらしく、公園でバーベキューをしたり、キャンピングカーを借りてオレゴンまで旅行したり。実はつい先日、自宅の駐車場で車上荒らしに遭いました。防犯カメラには犯人とおぼしき男性が映っていましたが、近所のホームレス女性が盗られたトートバックをなぜか持っていて……真相はまだ聞けずにいますが、大きな被害もなく、これも思い出の1ページです。
今月でいよいよ卒業。日本に戻ったらアジアにおけるヘルスケア事業開発に携わることが決まっています。数年後には三菱商事が取り組むアジアの病院事業を現地で牽引したいと思っています。現在アジアにはこの分野の学問がしっかりと体系立っている教育機関はほとんどありません。ここで培ったものをアジアに持ち帰って、将来はアジアで暮らす何百万人もの人々の健康に寄与したいと考えています。