激化するロシアとウクライナの対立。自身や身内が当事国の出身という方々は、この現状をどう見ているのでしょうか。今のリアルな心境を語ってもらいます。
ロシア滞在中にウクライナへの軍事作戦が開始
A.Aさん:日本人の母とロシア人の父を持ち、2021年12月からモスクワの語学学校に通っていた。現在はロシアから離れ、ヨーロッパや中央アジアを旅している。
ウクライナ侵攻が始まったというニュースが届いた日は、たまたま祖父母が住むロシア南部の都市、クラスノダールを訪れていました。その地域はウクライナ国境と近く、空港がすぐに閉鎖されたため、父と約26時間かけて電車でモスクワに戻り、ロシアを離れることにしたんです。でも、ヨーロッパを中心にロシアからのフライトやロシア人ビザがどんどん制限され、ロシアの航空会社だからいう理由で計4回もフライトがキャンセルに。国外行きの航空チケットには多くのロシア人が殺到し、わずかに残っていたチケットもかなり高騰していました。
その後、なんとかロシアの同盟国であるキルギス行きのチケットが取れましたが、現地のホステルでは、今後の状況について悩んでいるロシア人を何人も見かけました。その点、私は日本国籍を持っており、ビザの問題やロシア人に対する偏見などを心配する必要がないため、まだ良かったほうだと思います。
現在、ロシア国内で流れているニュースはプロパガンダで、今回のウクライナ侵攻はあくまで「ウクライナの非武装化、非ナチ化を目的とした軍事作戦」と言われています。外部から情報収集するにも、ロシア国内で多くのSNSが使用制限されているため、VPN接続のネットワークを使わない限り難しいでしょう。国のトップが独断で行っていることを理由に、その国に住む人々を一概に差別するというのは間違っているし、政治や情勢のみが判断材料ではありません。もちろん、ロシアは今でも私の故郷ですが、戦争には完全に反対です。
沈黙せずにウクライナで何が起こっているのかを話し合って
ケイトさん:ウクライナ西部のリブネ出身。2014年のクリミア併合とドンバス紛争をきっかけに、2018年5月、父方の親戚が住むアメリカに避難民として移住。現在はワシントン州オーバーンにあるカレッジにてビジネス・マネジメントを専攻。
クリミアで紛争が起きた当初、私はまだ12歳。友好的で、独立以降、1度も戦争を経験してこなかったウクライナで、まさかこんなことが起こるとは、到底信じられませんでした。ロシアはウクライナのことを兄弟だとたとえていたんです。しかし現実はつらく苦しいもので、私たちの住む町にもいずれ戦火が迫るかもしれないと移住を決意しました。今もウクライナには約9割の親戚が残り、多くの友人も身を隠し、この悪夢が終わるのを待っています。親戚によると毎日5回以上、サイレンの音が鳴るそうです。現地に住む親戚や友人に連絡するたびに、電話越しでそのような音を聞くのが怖くてたまりません。
私は今、ウクライナで起こっている真実をインスタグラムから発信し、親戚の精神面を支え、ウクライナとポーランドの国境付近でボランティア活動を行う友人の経済支援もしています。私たちウクライナ人が自由のために戦い、命を守るためにも、アメリカやヨーロッパ、日本などに住む人々が沈黙せずにウクライナで何が起こっているのかを話し合うこと、そして兵器や医薬品の提供を含む経済支援を続けることは大切だと考えます。
なぜ、こんなことに……
D.Zさん:ウクライナの首都、キーウ出身。現在はベルビューに暮らし、フリーランスで長距離トラックの運転手をしている。
ウクライナの家族は街を破壊され、家を失い、かろうじてドイツに避難できたという状況です。ロシアにも友人はおり、とても複雑な気持ちです。
この戦争を止めるために多くの国々からの支援が必要
ソフィアさん:ウクライナの東部、ドネツク州出身。2014年、ドンバス紛争が勃発したため、2015年に家族でワシントン州へ移住。現在は、働きながら妹と共に寄付活動を行っている。
ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まるとすぐに、妹と一緒に医薬品、衣類、靴、食料、ベビーフード、おむつなどの支援物資を現地に送ったり、募金をしたりしました。ウクライナ軍や現地の人々への募金活動を行う妹に頼んで、今も定期的に支援品を送付しています。ウクライナにとって非常に厳しい状況となっていますが、何も悪いことをしていないのだから根気強く戦うべきです。そして、世界中の国々で全てのロシア製品を廃棄して欲しいし、ウクライナへの兵器提供や経済支援をして欲しい。さらに言えば、この戦争を止めるため、日本の北方領土や、ロシア帝国・ソ連支配下にあったフィンランド、モルドバ、ジョージアなどの地域はロシアに明け渡してくれればいいのに、とも思っています。
ロシアでの暮らしに大きな変化はない
バレンティナさん:モスクワに20年以上在住。大卒で現在は主婦。夫、10代の娘2人の4人家族。
まあ、意見は人それぞれですね。もちろん、ロシア国民の大半は特別軍事作戦を支持しています。遅かれ早かれ、このような紛争が起きることはわかっていました。経済制裁によりオリガルヒ(ロシアの新興財閥)がずいぶん抑え込まれていますが、人々はむしろ喜んでいます。ロシアの企業で稼いだお金を海外に持ち出し、地方の発展に投資しない彼らのやり方には不満が噴出していましたから。ロシア軍によるウクライナ侵攻に反対している多くは、クリエイティブな分野の知識層や音楽家たちです。たとえば私の友人の夫もそうです。日々の生活に影響がなければどうでもいい、という人もいます。物価は上がりました。1キロ55ルーブルだった砂糖が、今は61〜70ルーブルに。ガソリンも1リットル48ルーブルでしたが、今は53ルーブルです。国外の情報も、知りたい人は知っていますよ。インターネットは止められていませんし、誰もがBBCやFoxニュースを見ることができます。周りではほぼ全員がVPNを接続して、フェイスブックもインスタグラムも続けています。映画館の新作はロシア映画ばかりですが、ハリウッドからの宣伝もないので文句は出ていないようです。当初は撤退を発表した外資系企業も、実は今、少しずつ再開しているんです。仕事や学校、休暇もいつも通り。普通に暮らしています。
ロシアとウクライナの歴史的背景 | |
1991年 | ソ連崩壊によりウクライナが国家として本格的に独立。以降、ウクライナの大統領選挙で親欧米派と親露派の対立が顕著になる。 |
1994年 | 親欧米派の第2代クチマ大統領以降、ウクライナで北大西洋条約機構(NATO)加盟の意志が表明され協議が行われるようになる。 |
2014年 | 親露派の第4代ヤヌコビッチ大統領に対し、ウクライナで反政府デモが勃発した。政権が崩壊しヤヌコヴィチ大統領はロシアへ亡命。この政変に乗じて、親露派の多かったクリミア半島をロシアが一方的に併合する。また、ウクライナ東部のドネツク州とルハンシク(ルガンスク)州、通称ドンバス地方では親露派対ウクライナ政府の武力衝突(ドンバス紛争)が始まった。 |
2019年 | 親欧米派の第6代ゼレンスキー大統領が当選、NATO加盟を公約に掲げる。 |
2022年 | ロシア軍がウクライナに侵攻。 |
NATO:1949年、ヨーロッパに集団安全保障を提供し、ソ連を中心とした共産主義国の脅威に対抗するための軍事同盟として設立された。冷戦後にロシアが反発する中で東方拡大が進み、現在は米国・カナダなども含め30カ国が加盟している。
ウクライナ危機 | |
2月21日 | ロシアが、ルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国の国家承認と軍事派遣を決定。 |
2月23日 | ウクライナ全土に非常事態宣言が発令。 |
2月24日 | ロシアによるウクライナ侵攻開始。ウクライナが戒厳令、国民総動員令を発令。 |
2月25日 | ロシア軍の地上部隊がウクライナの首都、キーウに侵攻。国連安全保障理事会が武力行使の即時撤退を求める安保理決議案を採決したものの、常任理事国のロシアによる拒否権行使により否決。 |
3月2日 | 国連緊急特別総会で、露軍の即時撤退などを求める総会決議が141カ国の賛成で採択。 |
3月12日 | 国際銀行間通信協会(SWIFT)がロシアの7銀行を国際的決済ネットワークから排除。 |
5月4日 | ロシア国防省が、核兵器を搭載可能な短距離ミサイルの訓練を実施したと発表。 |
5月9日 | G7首脳オンライン会議で、ロシア産石油に対する段階的禁輸の実施を表明。 |
5月18日 | 国際人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチが、これまでのロシア軍による民間人処刑などの一部行為が、明らかな戦争犯罪に当たると発表。 |