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日本のメディアから見るウクライナ危機〜シアトルから世界平和を考える

混迷を極めるウクライナ情勢。報道機関では連日、対応に追われています。過去にジャパンフェアへの映像協力でシアトルを訪れたNHK国際放送局World News部の榎原美樹さん、そして元ソイソース・インターン生で現在は日本のテレビ局に勤める中山 栞さんに、現場からの話を聞くことができました。

戦争とは民間人でも兵士でも、その人生を破壊してゆくもの

榎原美樹■ NHK国際放送局World News部エグゼクティブ・ディレクター。大阪出身。高校、大学で1年ずつアメリカ(アーカンソー、ミズーリ)へ留学。1987年、報道記者として大阪放送局に入局し、ヨーロッパ総局(ロンドン)特派員、BS「プライムタイムニュース」キャスター、アジア総局(バンコク)特派員、総合「ニュース10」キャスター、アメリカ総局(ニューヨーク)特派員などを経て現職。

–ロシアとウクライナの情勢を受けての現在の対応は?

ウクライナ危機は地域紛争にとどまらず、全世界に大きなインパクトを与えるものという認識を持って報道に当たっています。現地に入っているNHKの取材陣からの情報だけでなく、デジタル技術の発達で、ウクライナの政府関係者や市民と直接話ができます。映像も市民が携帯電話で撮影したものが刻一刻と届くのは、20世紀の戦争と大きく違う点です。私たちはそれらを活用しながら、できる限り多角的な視点からの情報を視聴者へ届けようと努力しています。

ポートランド日本庭園にて滋賀県の15代目石積み職人粟田純典さんによる石垣を見学粟田さんは江戸時代の城の石垣をヒントに造られたダラスのロレックス新社屋プロジェクトにも携わるwww3nhkorjpnhkworldenondemandvideo3016060

–日本で報道を行う難しさは?

ロシアは日本にとって隣国。第二次世界大戦以来、北方領土問題は解決していない一方で、資源の乏しい日本が石油や天然ガスを輸入し、またシベリア開発に多額の投資をするなど、エネルギー依存度を高めてきました。日本が西側諸国と対ロ制裁を行う際、そうした2国間の問題も絡んできます。報道の姿勢は単なる「善悪」「敵味方」といった二項対立だけでなく、複雑な構図を視野に入れて、放送に反映しようと努めています。

–関係国それぞれの立場によって、同じ事実でも「真実」は異なると考えますか?SNS時代の情報戦への向き合い方は?

立場が異なると「真実」が異なる、とは思っていません。起きている事象を、どちら側から見るかによって「見え方」の違いはもちろんあります。たとえば、アカデミー賞でクリス・ロックさんをウィル・スミスさんが平手打ちした映像が流れた時に、それがフェイクだとは誰も言わないわけです。ただ双方に違う言い分があるはずで、片方だけにコメントを取るだけではダメ。直接、当事者に話を聞くのが基本姿勢であるべきです。ウクライナ危機ではプーチン大統領に「どうですか」と聞くのは至難の業です。ロシア政府の発表を「ロシアはこう言っている」と伝え、「ウクライナ側はこう言っている」と伝え、第3者がSNSで勝手に評していることをうのみにしない、という原則を守るしかありません。私たちは、ネット情報をそのまま流すことはまずしません。

–ロシアでは独立系メディアの解散やスタッフの降板などがありました。

ロシア国営放送の生放送中に手書きのメッセージで反戦を訴えたマリーナ・オフシャニコワさんの一件については、驚くと共に、彼女の身の安全を心配しました。反戦活動が非合法化された中で、相当の覚悟と勇気がないとできない行動です。彼女は罰金を支払い、国営放送を辞職した後も、亡命などはせずジャーナリストとして国内にとどまっています。ロシア言論界の行方を引き続き注視する必要がある一方で、記者の誘拐や殺害などが横行することはない今の日本の環境はありがたいと感じます。

–メディアに携わる人たちが今できることは?

「消えた日本人祖父を追う」(英題:A Vanished Dream)
www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/3004674

どの国が戦争に直接参加しているかによって、メディアの伝え方も違ってくるとは思います。私はボスニアやアフガニスタン、イラク戦争などを取材した経験がありますが、日本が戦場に軍隊を送り戦ったわけではありません。たとえばアフガニスタンでは、英国の記者が「連合軍による空爆を受け、子どもが精神的障害を負ってしまったと悲しむ住民を取材したのだが、本当に空爆が原因だったのかどうか裏付けがなければ放送できないと本社から言われた」と、悔しそうに話していたのを覚えています。自国が軍事介入に参加しているとこうした圧力が出てくるかもしれません。しかし、さまざまな国の報道機関が多様な視点から取材しているのですから、情報の受け手側も、情報源をできるだけ多く持てば良いのです。日本の視聴者がNHKだけでなく、他国の報道も見られるのが今の時代。大本営発表しか見聞きできなかった第二次大戦時よりは、視聴者もずっと賢く情報を得られるのではないでしょうか。

–世界平和について私たちが取り組むべきこととは?

「霊峰に墜ちたB-29」(英題:The Fallen Fortress)
www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/ondemand/video/3004783

最近、戦争に関する2本のドキュメンタリーを制作しました。1本目は、自分はアフリカ系アメリカ人の黒人だと思い込んで育ったバージニア州出身の写真家のストーリー。実は祖父が長崎出身の移民で、真珠湾攻撃が決行された日にFBIによって身柄を拘束され、そのまま帰らぬ人になっていたという悲しい運命を、NHKと共に調査し、明らかにしていきました。もう1本は、終戦直前、大阪への空襲時に米軍のB-29爆撃機が奈良県の山中に墜落したのですが、11人の搭乗員に何が起きたのかを調査していく内容でした。戦争とは民間人でも兵士でも、その人生を破壊するもの。制作過程で、為政者は極力戦争を避けるべきだという思いを強くしました。ウクライナ危機も、世界は叡智を結集して1日も早く戦火が収まるように道を探るべきです。

ニュースのほかドキュメンタリー制作討論番組グローバルアジェンダの司会も行う榎原さん4月16日放送回ではウクライナ問題を取り扱ったwww3nhkorjpnhkworldentvglobalagenda

–この仕事の魅力は何でしょうか。

長年、特派員として海外のニュースを日本へ届ける仕事をしてきました。現在は世界160カ国へ日本やアジアのニュースを東京から届ける国際放送に従事しています。魅力は「現場にいる」ということに尽きますね。歴史的事象に居合わせる経験は一生の財産となります。東京にいるからウクライナでの取材はできないと諦めるのではなく、それならデジタル技術でキーウにいる人や各国の政策決定者と話せばいい。当事者から考えを聞き、事象を分析し、それを視聴者に届ける。大きな責任を伴いながらも、恵まれた仕事だと感じています。

NHK国際放送 Search for A VANISHED DREAM, NHK WORLD
■NHK国際放送 NHKは、テレビ、ラジオ、インターネットで日本やアジアの情報を世界に発信。英語テレビ放送のNHK WORLD-JAPANや在外邦人向け日本語放送のNHKワールド・プレミアムに加え、ラジオやインターネットでも毎日、ニュースや番組をお届け。4月からは新たに「ニュースウォッチ9」(ライブ)や「小さな旅」(オンデマンド)などの配信もスタート! 詳細は「海外向け日本語サービス」(www.nhk.or.jp/nhkworld/ja)にて。

視聴者と報道側のギャップを埋めたい

中山 栞■ シアトル・セントラル・カレッジで1年間学び、2020年8月に帰国。赤坂のテレビ局に入社し、現在は主に国際報道を取り扱う番組の制作部にてリサーチやAD業務などを行い、番組制作に携わる。

–日本の報道機関で働く立場からウクライナとロシアの情勢について思うことは?

今はウクライナ情勢を最前線で取り扱い、戦況のマップ作成から現地の報道記者との中継、関係者や市民への取材、放送する映像の選択、番組内でVTRを流すサポートなどを行っています。最近はウクライナの近況を映像で見せる中で、より衝撃的な画が欲しいという報道関係者の声に違和感を覚えることも。視聴者の目に留まるインパクトがある画は大切ですが、度が過ぎていないか、繰り返し見せる必要があるのか、視聴者が本当に欲しているのか、トラウマを植え付けていないか、報道する側の独り善がりではないのか、などと考えてしまいます。どこまで忠実に報道すれば良いのか、視聴者と報道側のギャップを埋めたいと感じているところです。

–緊迫する世界情勢の中、日本の人々の様子に変化は感じますか?

日本では比較的、俯瞰(ふかん)し過ぎているような気がします。もし東京で同じことが起こったら、とイメージしている人はほぼいないのではないでしょうか? 報道も新型コロナから一転してウクライナ情勢一色となり、現場で戸惑う場面が多々あります。どう報道すれば良いのか、平和ボケしがちな日本だからこその難しさを感じます。

–個人的に現在の世界の動きを、どのように注目していますか?

ロシアのプーチン大統領の出方は、中国の台湾に対する出方にも大きな影響を与えていると思うので、中国の動きはとても気になります。また、歴史的に見ても、戦争は新たな戦争を生みやすい。だからこそ、世界で最も影響力の大きい国のひとつである、アメリカのホワイトハウスがどう動くのかにも注目しています。日本ともつながりの深い両国の動きは注視していきたいです。

–世界平和に向けて私たちはどう行動すべきだと考えますか?

ウクライナの悲惨な映像にだけ取りつかれず、日本が今後どうなっていくのか、アメリカの出方次第では日本にも影響が出てくるのではないかと想像力を働かせ、意識を変えて欲しいです。シアトル留学時代の友人は、今回のことをきっかけにソ連の歴史を勉強し、チェチェン紛争の頃から何も変わっていないと話しています。日本では、私と同世代の若者がこんな風に歴史を知ろうと努力し、世界情勢に興味を持って動いているでしょうか。日本人との違いを感じました。