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特集 シアトルの食を彩るアーティスト

食文化を支えているのは、料理人だけではありません。陶芸家、画家、映像監督 ―― 私たちの食生活をもっと楽しくしてくれる、シアトル在住のアーティスト3人にお話を聞きました。

取材・文:小村侑子、小林真依子、吉田雛子

 


「飾りではなく、自分が使いたいと思える便利な食器が作りたい」

陶芸家
グラハム安芸子さん

ぐらはむ あきこ
■北海道出身。1986年にシアトルに移住。趣味で通い始めた陶芸教室をきっかけに陶芸の道へ。レストラン事業者および一般客向けに陶器の制作を行っている。昔から食器が好きで、渡米前は北海道で喫茶店を営んでいた。
▶︎ウェブサイト: www.akikospottery.com

レストランで提供される料理は、シェフと陶芸家の共同作品だ。両者のこだわりが重なり合い、食に彩りを与えていく。陶芸家のグラハム安芸子さんが作り出す食器は、シアトルやサンフランシスコを中心とした全米各地のレストランで使用されている。

一人になれる時間が欲しかった

もともと安芸子さんは、陶芸に特別興味があったわけではなかった。1986年に家族でシアトルに渡り、当時は子育てにいそしんでいたという。「主婦業の他にも何かしたいとずっと考えていました。一人になれる時間が欲しかったんです」。3人目の子どもが1歳になった1989年、パブリックスクールの陶芸教室と出会った。

「教室に通い始めて3カ月後には、陶芸が大好きになっていました。ろくろを借りて自宅のキッチンに置き、子どもが寝ている夜中に制作をしていましたね」。安芸子さんの熱意を認めた先生の勧めから、できあがった作品をフリーモントのサンデーマーケットに出品し始めた。

しばらくして、「レストランに売り込みをしてみたら?」と言われるようになる。趣味としての陶芸であったため、初めはレストランに販売することをためらっていた安芸子さんだが、その内に市内の日本食レストランに作品サンプルを持って行くようになった。「当時、アメリカではハンドメイドの食器を使うレストランは少なくて、白いプレートが主流だったんです。割れやすい陶器のお皿はなかなか受け入れてもらえませんでした」。地道に活動を続けるうちに、安芸子さんの作品に目をつけるシェフが増え始め、次第に日本食以外のレストランや州外からも注文を受けるようになった。

自分の作品はアートではない

えくぼワインカップは人気の商品

安芸子さんが作る食器には、さまざまな工夫が施されている。例えば「えくぼワインカップ」は、ガラス製の一般的なワイングラスとは一味違う。陶器で作られているのはもちろんのこと、本体のボウル部分だけで脚(ステム)がないデザインだ。「脚がない方が洗いやすいし、収納にも便利でしょう」。大きめのサイズなのでワインの香りをより楽しむことができる。「えくぼ」の名の通り、持ちやすいように手になじむくぼみが付いている。最初はくぼみがないデザインだったが、友人に提案されて試したところ、思いのほか使いやすかったので付けることにしたそう。

「私は自分の陶器を芸術品だとは思っていません」と語る安芸子さんは、見た目の華やかさよりも使いやすさを重視して作品を制作する。「私の作品は美術品ではなくて日用品。毎日楽しく使える食器なんです」

食器作りはシェフと陶芸家のこだわり

朝食がワンプレートに乗るサイズもこだわりのひとつ

「私の食器を注文してくれるシェフは、料理、食器、人間的にも優しい方々ばかりです」と安芸子さんは言う。メニューや内装、食器などのひとつひとつに対して強いこだわりを持つシェフが、安芸子さんのこだわりに共感し、彼女の食器を使いたいと熱望する。数々のアワードを受賞する目の肥えたシェフたちから絶大な支持を受けているのだ。

安芸子さんは陶芸家でありながら、食器は料理の次であると考えている。「食器というのは料理があって初めて成り立ちます。料理を作るシェフが思い描くイメージに合わせて制作し、相談された場合には私も提案をします」。料理のプロフェッショナルであるシェフが考えた献立に合わせ、陶芸のプロフェッショナルである安芸子さんが食器の色やデザインを提案し、共同作業でひとつのメニューを作り上げていく。

作品制作はほとんど一人で行い、大量の注文予約を受けているため、納品までに数カ月かかってしまうこともあるそうだ。それでも、安芸子さんは自分だけで作ることにこだわる。「他の陶芸家に手伝ってもらったら、それは私の作品ではなくなってしまいます」。それを待つシェフも、たとえ何カ月かかったとしても、どうしても安芸子さんの食器を使いたいと願うのだ。

生涯作り続ける

色とりどりのお皿がオープンハウス用に棚に並んでいる
オリジナルカラーの安芸子ブラックは安芸子さんのために特別に作られた体に優しい粘土

現在、安芸子さんのスタジオでは年に数回オープンハウスが開催され、事業者以外の一般客でも来場して作品の購入ができる。取材で入ったスタジオ内には数えきれないほどの作品が並び、どれも思わず連れ帰ってしまいたくなるような食器ばかり。次回のオープンハウスは夏に開催予定とのことだ。

1991年からの26年間、陶芸家として活動し続けている安芸子さん。「陶芸をやめたいと思ったこともあります。でも、作るのはやっぱり楽しいし、私の作品を欲しいと言ってくださる方がいるので、これからもこのまま続けていきたいですね」

死ぬまで作り続けたいですか、という取材班からの質問に「はい」と即答してくれた。

 

 

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「レストランスタッフにありがとうの気持ちを伝えたい」
メニューアート・アーティスト ドズフィーさん