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特集 シアトルで見たい日本映画

これだけは知っておきたい! 日本の映画監督

 

アメリカで邦画の新作を劇場で見られるチャンスは少ない。是枝監督などは例外的な一人で、日本よりも欧米での人気が高く、新作が劇場公開される機会が多い。ただ、アメリカにいても歴史的に評価の定まった旧作、名作をiTunesなどのオンライン・ストリーミングで鑑賞することは可能だ。映画は作品内容だけでなく、監督を選んで見るべし。小説家などと同じで、監督の作風などが分かってくると、映画への理解度が深まり、鑑賞の醍醐味も増してくる。以下では日本の、いや世界で名匠と高い評価を得ている映画監督3人と、筆者イチオシの現役監督を紹介しよう。

 

土井ゆみ■映画ライター。サンフランシスコに30余年暮らした後、映画館が二つしかないハワイ島ヒロに移住。大自然に囲まれながら、ネットを使ってバラエティある映画鑑賞を続けている。水彩画を描くのが趣味。


黒澤明ポートレート Courtesy of Toho Co Ltd

黒澤明(1910年~1998年)

黒澤明の代表作『七人の侍』は何度見たか分からない。浪人たちを主人公にした、それまでの時代劇とは全く違う西部劇のような物語。ダイナミックなアクションと浪人たちの人間性が際立つ、世界の映画遺産とも呼ぶべき名画中の名画だ。映画雑誌キネマ旬報「オールタイムベスト・ベスト100」で第一位。世界中の映画人たちが映画の教科書のようにして見ている作品でもある。
黒澤が80年に発表した『影武者』は、彼を師と仰ぐスピルバーグ、コッポラ、ルーカス監督らが外国版プロデューサーを担当。黒澤映画の伝統はハリウッド映画へと引き継がれた。そんな黒澤が生涯敬愛した監督は、『駅馬車』『怒りの葡萄』のアメリカの名匠ジョン・フォード。『七人の侍』が西部劇風なのはフォードの影響かもしれない。画家を目指していたが、39年に映画界入り。43年に『姿三四郎』で監督デビューし、50年に発表した『羅生門』がヴェネツィア国際映画祭金獅子賞とアカデミー賞名誉賞を受賞。敗戦後の日本にとって明るいニュースとなる。
52年の『生きる』はベルリン国際映画祭上院特別賞後、57年の『七人の侍』が大ヒットし、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞。その後の作品は『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』『赤ひげ』など名作、傑作が並び、輝かしい受賞歴は晩年まで続く。原子力に正面から反対する『生きものの記録』や『夢』などの作品もあり、社会派ヒューマニストの映画人であった。

『七人の侍』
野武士に襲われる農民を助ける七人の浪人たち。ハリウッドで『荒野の七人』、ピクサーの『バグズ・ライフ』などリメイクもされている。

『用心棒』
宿場町で対立するヤクザの用心棒になった浪人者の活躍を描いた痛快時代劇。主演の三船敏郎の出世作で、続編の『椿三十郎』も面白い。

 


溝口健二(1898年~1956年)

溝口作品といえば、画面に墨を流したような幽玄な映像がまず浮かぶ。白黒フィルムを使って、伝統的な水墨画的世界を映像に焼き付けた映画監督である。撮影の際はセットに墨を塗っていたという。長年の撮影監督は、名匠・宮川一夫だ。
作風は男性的な黒澤明とは対照的に、江戸時代や下町を背景に芸者や身を持ち崩していく女の姿など冷徹に見つめる、女性映画の名手と呼ばれた。
主人公に感情移入するのではなく、物語を客観的にじっくりと見せるワンシーン、ワンショットの長回しの演出を確立し、俳優に対しては演技をつけない厳しい演出でも知られていた。
彼の日本的な映像スタイルは欧州の監督たちに驚きをもって迎えられ、60年代のフランスの映画運動「ヌーベルバーグ」の一翼を担ったジャン=リュック・ゴダールなどが、彼を高く評価した。
1923年、24歳にして映画監督デビュー。映画の黎明期、サイレント時代にドイツで生まれた「光と影」を重視する「表現主義」の映像作りを取り入れ、作品は時代劇から現代劇まで多様な作品に挑んだ。
溝口作品が世界的評価を得たのは晩年。52年『好色一代女』でヴェネツィア国際映画祭国際賞を受賞。次いで53年の『雨月物語』と54年『山椒大夫』で、同映画祭サン・マルコ銀獅子賞を獲得。3年連続の受賞で世界的な注目を集め、国内での評価も高まった。 全盛期は黒沢と重なり、戦後の日本映画黄金時代を小津安二郎、成瀬巳喜男らと共に支えた。

『祇園の姉妹』
戦前の代表作。花柳界で生きる優しい姉と気の強い妹の生き様の違いがリアルに描かれる。当時まだ10代だった山田五十鈴の名演が見もの。

『雨月物語』
上田秋成の『雨月物語』を下地に、戦乱に翻弄された貧農夫婦の物語。動く水墨画のような美しい映像は必見。

 


1Screen Rant

宮崎駿(1941年~)

『となりのトトロ』を見た時の驚きと喜びは忘れられない。バス停で、父の帰りを待つ幼い姉妹とトトロ。まさかあの場面に「ネコバス」が登場するとは。
宮崎作品の独創性は群を抜いている。勇敢な少女たちを主人公に描かれる物語は、これまで誰も語ったことのない、描いたことのない夢と冒険の世界。ファンの一人として、その世界に身を委ねる幸運を思う。
ほとんどの作品で原作・脚本・監督を担当。水彩画のタッチを生かした美しい作画と、反戦やエコロジーの思想を織り込んだユニークなアニメ作品を発表し、次々と大ヒット。世界中のアニメーターたちが彼からの影響を語る、真の映画作家の一人だ。
60年代に漫画家として出発、東映動画でアニメーターとなり、TVアニメの製作を経て、1984年の『風の谷のナウシカ』をヒットさせ、アニメ作家としての地位を不動のものにした。
85年に「スタジオ・ジブリ」を立ち上げ、88年『となりのトトロ』、97年『もののけ姫』、2001年の『千と千尋の神隠し』と次々とヒットを送り出した。
『千と千尋の神隠し』は日本の映画興行成績歴代第一位となるメガヒット。同時にベルリン国際映画祭でアニメ作品としては初の金熊賞、アカデミー賞長編アニメ賞を受賞する快挙をなした。
政治的主張を明確にする立場を堅持し、沖縄の普天間飛行場の辺野古移転計画に反対する辺野古基金の共同代表になっているのも、実に宮崎らしい。

『もののけ姫』
宮崎のエコロジーの思想を強く反映した、もののけと森の生き物、それらに関わる人間のあり方を描いた深遠なる物語。

『千と千尋の神隠し』
摩訶不思議な異界に迷い込んだ少女、千尋の冒険。少女らしい仕草を描き込んだ丁寧な演出と、美しい夜の海をとらえた映像などが素晴らしい、必見の傑作アニメ。


©cinefil

橋口亮輔(1962年~)

彼の名前を知っている人は多くないだろう。ゲイであることを公表し、自身の体験を元に映画作りをする数少ない日本の映画監督だ。寡作だが、一作づつ自身の体験を反映させたオリジナル脚本を書き、丁寧な映画作りを続けている。「虐待」「いじめ」などをトレンド的に扱う映画にありがちな嘘臭さがなく、監督の人間性、誠実さがしっかりと伝わる稀有な映画人である。
1993年のデビュー作は、男性主人公が年下の男性に恋心を抱く『二十才の微熱』。1995年のロッテルダム国際映画祭グランプリ受賞作『渚のシンドバッド』にも、ゲイの高校生が登場。思いを伝えれらないもどかしさを描いた。2001年のカンヌ映画監督週間部門に正式招待された『ハッシュ!』では、ゲイのカップルを主人公に、カミングアウトできない男や彼らを囲む人々の誤解や思い込みなどを絶妙なタッチで描く。
うつ病を経験し、長いブランク後の2008年に『ぐるりのこと。』発表。うつ病になってしまった若い妻と、彼女を支える飄々とした法廷画家の夫との夫婦愛を描き、国内で多くの映画賞を受賞した。
15年の『恋人たち』は、空疎感や心の傷を抱えた3組の恋人たちを主人公に、彼らを包む時代の薄い空気感を見事に描き出した。人の生の哀しみが胸に迫る傑作。映画専門誌キネマ旬報で15年に公開された邦画のナンバー1に選ばれた。
橋口監督の映画へのアプローチは常に「自分」から始まる。次回作が待ち遠しい監督の一人だ。

『ぐるりのこと。』
本作で08年の演技賞を数多く受賞した主演の木村多江とリリー・フランキーの演技が大きな見どころ。

『恋人たち』
橋口監督のワークショプから巣立った演技経験のない3人が主人公を演じて、作品にドシリとしたリアリティが生まれた。

 

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