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2016年アメリカ合衆国大統領選の焦点
寄稿:同志社大学法学部教授・国際政治学者 村田晃嗣
今回のアメリカの大統領選挙は、いつも以上に世界中の注目を集めている。共和党は7月のクリーブランドでの党大会に先立って、不動産王のドナルド・トランプが大統領候補の指名獲得を確実にした。本選挙となると少なくとも10億ドルの資金が必要とされ、そのため、トランプ氏は言動を微修正して共和党主流派と和解しようとしている。彼が誰を副大統領候補に選ぶかが注目される。対する民主党は依然としてヒラリー・クリントン前国務長官とバーニー・サンダース上院議員が激戦を繰り広げているが、前者の勝利は確実である。ヒラリーなら、誰を副大統領候補に選ぶか。例えば、フリアン・カストロの名前が挙がっている。テキサス州サンアントニオの市会議員と市長を経て、2014年7月にバラク・オバマ大統領に住宅都市開発長官に起用された人物である。メキシコからの移民三世で若干41歳、スタンフォード大学からオバマと同じハーヴァード・ロースクールに学んだ秀才である。ヒラリーが女性で68歳、WASP(白人でアングロサクソン系プロテスタント)、ニューヨーク選出の上院議員だったことを考えれば、彼女を補完する要素を兼ね備えている。実際にカストロが副大統領候補になるか否かは別にして、アメリカ政治を考える際の重要な要素が並んでいるのである。
さて、トランプの快進撃とサンダースの善戦の背後には、アメリカとさらにはグローバルな社会の変化が大きな理由として存在しよう。一方で、ヒスパニックやイスラム人口の増大、宗教構成の変化、LGBT(性的マイノリティー)の影響力の拡大など、人種、宗教、ジェンダーで多様化が進んでいる。ヒラリーもトランプもWASPだが、WASPの男性同士で大統領選挙が最後に戦われたのは、実にジョージ・W・ブッシュ対アル・ゴアによる2000年の選挙である。つまり、21世紀に入ってからは一度もない。社会の多様化の中で、かつて社会の中核だったWASP男性の怒りと不安が、トランプの暴言に代表されているのである。他方で、1%対99%の対立と言われたように、貧富の格差も拡大している。いまや上位0.1%の富裕層が全米の金融資産の22%を、上位1%が金融資産の40%と所得の22%を独占している。貧富の解消をほとんど唯一の争点にしたサンダースは、この格差へのルサンチマン(編注:強者に不満を持つ弱者)に支えられてきた。特に、2008年のリーマン・ショック以降の不況にさらされてきた若者たちや多額の学資ローンに苦しむ大学生たちは、この老候補を熱烈に支持してきたのである。
ただし、大統領選挙に注目するだけでは不十分である。同時に上下両院の連邦議会選挙も行われる。特に下院では共和党が60議席以上の大差で優位を占めているが、トランプが大統領候補になることへの反発から、議席差は縮小するかもしれない。共和党主流派はこれを恐れている。しかし、完全な逆転は難しかろうから、ヒラリーが大統領に当選すれば、大統領が民主党、議会多数が共和党という「分割政府」、日本風にいえば「ねじれ国会」が続くことになる。
また、司法部、つまり、連邦最高裁判所の動向も忘れてはならない。今年2月に最古参で保守派のアントン・スカリア判事が急逝したため、残り8人の判事は保守派とリベラル派で真っ二つに分かれている。オバマ大統領は穏健派のメリック・ガーランドを指名したが、上院共和党はこれを拒否している。次期大統領が誰になるにせよ、4年の任期中には、高齢の最高裁判事がさらに数名交代することになろう。最高裁判事は終身制であり、9人の構成によってアメリカの長期的な司法判断が左右されるのである。
日本では、共和党は日本びいきで民主党は中国寄りだといった俗説が根強い。今回に関しては、ヒラリーはまちがいなく日米同盟重視であり、トランプについては予測がつかない。ヒラリーかトランプかといった結果だけではなく、選挙の背景にあるアメリカ社会の構造的な変化や立法府や司法部をも視野に入れた、重層的で多角的なアメリカ分析が、われわれ日本人にも求められていよう。
筆者プロフィール:村田 晃嗣(むらた こうじ)
日本の国際政治学者。同志社大学法学部教授、第32代学長(2013年4月~2016年3月31日)。専攻はアメリカ外交、安全保障政策に関する研究。各種メディアへの出演が多く親米派の論客として知られている。学術活動の他、一般月刊誌、新聞紙上への主張の掲載に加え、『朝まで生テレビ』などテレビ等でも積極的に発言している。朝日放送番組審議会委員、京都経済同友会特別会員、衆参両院の憲法調査会参考人を歴任。
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