日本水産株式会社(通称=ニッスイ)と聞くと、魚肉ソーセージ、冷凍の焼きおにぎりやシューマイ、枝豆、サバやサンマの缶詰……と、たくさんの商品が宇和島屋などの日系スーパーに並べられているのが思い浮かぶ。同社の子会社で、レドモンドに事務所を構えるNippon Suisan(U.S.A.)社(以下、ニッスイUSA)で副社長を務める細川信彦さんに話を聞いた。
シアトルに進出したきっかけ
日本水産株式会社は今から100 年以上前の1911 年に「田村汽船漁業部」として山口県下関で創業。現在は魚の養殖や加工などを行う水産事業、冷凍食品や缶詰などをつくる食品事業、魚油を使って医薬品の原料を製造するファインケミカル事業の3 つを主な柱とする、国内外の市場で今や欠かすことのできない企業だ。グローバルに事業を展開する同社では、原料の調達から、商品の製造・販売、さらには冷蔵倉庫や物流の機能に至るまでグループ内で一貫して行っているため、トレーサビリティ(追跡可能性)が明確で安全、というのが強み。その同社が北米に進出した経緯について、細川さんはこう語る。
「ニッスイは創業した当初より、日本の沿岸部だけでなく、世界の遠洋で漁船の操業を行っていました。北米への進出は1965 年のアラスカのスジコ買い付け輸入に始まり、1972 年に水産ビジネスの拠点であるここシアトルに駐在員事務所を開設したんです。その後、サーモン、カニ、スケソウダラと事業を広げ、さらに推進していくために1974 年にニッスイUSA を設立しました。また、1970年代には200 海里法(自国領海の基線から約370km までを漁業水域と定めたもの)が制定されたことにより海外での漁業が難しくなったので、そうした環境変化に対応するため南米や北米に合弁会社を作り、その後も世界中に拠点を広げていったんです」。現在ニッスイUSAでは設立当時のような事業は行っていないが、北米に点在する他のグループ会社をマネジメントする立場として、グループ内で大きな役割を担っている。
ニッスイと私たちの意外に身近な関係
アメリカのスーパーマーケットやホームセンターなどで、必ずといっていいほど見かける、黄色いレインコートに身を包んだ漁師が描かれた黄色いパッケージの冷凍食品。これはニッスイUSAの子会社であるゴートンズ(Gorton’s)社で生産している商品だ。ゴートンズは今年で創業166 年を迎える老舗食品会社で、マサチューセッツ州の郊外に工場がある。家庭では処理が面倒な魚のフライやグリルを、オーブンなどで簡単に調理できるように加工されているのが特徴で、水産調理冷凍食品のカテゴリーで全米トップのシェアを誇っている。1962 年にはマクドナルド社と共同で、日本でもおなじみの「フィレオフィッシュ」を開発し、現在アメリカの東側半分の店舗に供給している。このほかマクドナルド社の「チキンナゲット」に使用される粉を製造しており、これはアメリカだけでなくアジア各国へも販売されている。
同じく子会社のキング&プリンスシーフード(King & Prince Seafood)社はここレドモンドに工場があるほか、ジョージア州に本社を置き、カニやロブスターの風味かまぼこ、シュリンプや白身魚のフライなどの商品を、欧米の外食チェーンや卸売り会社などといった業務用向けに製造している。一般の消費者が同社の商品を店頭で手にとって購入できる機会はほとんどないが、全米に展開する大手ファストフード店や大型ホームセンターの食品売り場などに卸しているので、知らず知らずのうちに口にしている可能性は高い。
レドモンドの工場にはこの20 年以上、ほぼ毎年のように夏になると日本語補習学校の3 年生が社会科見学に訪れ、見学体験を絵日記風にしたお礼状が届くそうだ。今回は私たち取材陣も特別に、同社に出向中の原武浩さんに工場の中を案内してもらった。場内は撮影厳禁だったものの、機能的で衛生管理の徹底した体制を目の当たりにしたほか、特に従業員一人ひとりが真剣に仕事に向き合っている様子を見て、「食べ物が安全に自分の口に運ばれるまでにはこんなに多くの人が関わっているんだなぁ」ということに改めて気づかされた。
工場見学の後、これも特別にロブスター風味かまぼこの試食をさせてもらった。風味かまぼことはいえ本物のロブスターも配合されているというだけあって香り豊か。全体的にほどよく塩味がきいているので、おかずにはもちろん、お酒のおつまみとして家庭でも重宝しそうだ。業務用のため私たちが購入することはできないが、食べたことのある人たちからは「どうにかして買えないの?」と口々に聞かれるのだとか。しかし、様々な外食チェーンや、給食などでも取り扱っているので、外で食事を摂る際には「これはもしかしたらレドモンドのあの工場で作られている商品かもしれない」などと思いを馳せてみてほしい。
レドモンドの同じ敷地内には、子会社のユニシー(UniSea)社が本社を置いている。同社は、水産資源が豊かなアラスカ州アリューシャン列島のウナラスカ市に工場を持ち、スケソウダラを切り身やすり身にしたり、カニを加工する事業を主に行っている。ここで製造されたすり身はグループ内だけでなく他の企業にも販売されており、かまぼこやちくわをはじめとした様々な練り製品に姿を変えて世界の食卓を彩っている。
グローバルに活躍するために
就職活動を控えた学生や、海外で活躍したい人へのアドバイスを聞いた。「会社と個人の契約という形をとる欧米と違って、日本ではまだまだタテ・ヨコのつながりが大事。日本の企業で働くからには、たとえ英語が堪能だからといっても、アメリカの感覚では適応するのは難しいと思います。弊社の場合、外国語はできるに越したことはありませんが、それだけではなく、挑戦心を持ち『この人なら安心して任せられる』という社員を海外に派遣しています。もしも就きたいポストがあれば、きちんと働いて実績を作り、周りから信頼される人物であることが大事でしょうね」
魚をもっと食べてもらいたい
健康志向が強くなっていることも手伝って、アメリカでも魚の需要は高まっているという。「和食が世界遺産に認定されたのに加え、2020 年には東京オリンピックも開催されることもあって、和食、魚を中心とした食事は今後ますます世界から注目されるようになります。健康のためにも、皆さんにはもっと魚を食べてもらいたいですね」と細川さんはにっこり笑った。
世界の生産拠点と世界の食卓を結ぶネットワークとして、グローバルに事業を展開している日本水産グループは、「水産資源から多様な価値を創造して社会に貢献する」ということを目指している。世界中に構築したネットワークを利用して、同社がこれからも世界の食卓を支える大黒柱でありつづけることは間違いないだろう。
Nippon Suisan(U.S.A.), Inc
15400 NE 90th St., Redmond