9月26日から28日にかけてシアトルのACTシアターで、平家物語をもとにした能の名作『巴』が、伝統的な能舞台とオペラ劇『Yoshinaka』として披露される。公演に先駆けて、主演する観世流の若手シテ方能楽師、武田宗典氏にインタビューした。
取材・文:越宮照代
武田さんが2008年に日本で始められた「謡サロン」の反響はいかがですか?
「謡サロン」は本格的な能舞台に足を運んで頂くための入門講座なのですが、ほとんどのお客様が「本物の能の舞台を観てみたい」「能は難しいと思っていたけど、とても親しみやすく、興味深いものだとわかった」とおっしゃっていただいて、大変ありがたいことです。今回シアトルでより本格的な公演が実現するのも、昨年の「シアトル版 謡サロン」の効果があったからなのではないかと思っています。
昨年シアトル・カナダで行われた「謡サロン」11公演はすべて満員御礼だったそうですが、会場での手応えはいかがでしたか? また、日本の観客との反応の違いは?
シアトルは日本文化に親しみを持ってくださっている方が多いせいでしょうか、手応えは非常に良かったです。お客様の反応は、大人もお子さんも日本と大きな差はありませんでした。一番大きな違いは、サロン後に「何かご質問は?」とお尋ねすると、矢のように質問が飛んでくるところです(笑)。これは日本のサロンとの大きな差でした。
今回公演される『巴』の見どころ、魅力は?
見どころは、女でありながら武将であり、なおかつ主君の愛人であったという複雑な背景を持った、巴御前という女武者の心の揺れのような部分ではないかと思います。また、舞台で舞を舞って物語を紡ぎだすのは巴御前の幽霊ただ一人ですが、主君の木曽義仲や敵方の武将など、多くの人物が目に見えないところに存在しています。それを想像で感じながら見ていただくと、能の面白さを体感していただけるのではないでしょうか。上演前に専門家の方による解説が行われますので、初めての方にもわかりやすいのではと思います。
シアトル初の試みになる『巴』のオペラ版『Yoshinaka』も同時上演されますが、オペラ版について武田さんの感想をお聞かせください。
こちらは巴御前だけでなく、主君である木曽義仲にもスポットを当てており、義仲が、自分の最期に際して巴が連座する(共に死ぬ)ことをなぜ許さなかったのか。その辺りの心の動きに触れています。そして最大のテーマは「魂の浄化」です。舞台上の登場人物はもちろんですが、お客様の魂も浄化するような筋立てになっています。こちらも個人的には非常に楽しみですね。
能楽師として感じる能の魅力とは?
一番魅力的に感じているのは、演じることを通して自分自身の内面と深く向き合うことができる、ということです。若い頃はとかく技術面の向上ばかりに追われてしまうものですが、最終的に能楽師として行き着くべきところは、自分自身の心をいかにお客様に伝えていけるか、ということに尽きると思います。
「年齢を重ねなければ挑戦できない役柄がある」と言われますが、これは、技術面以上に人として成熟しているかどうかが問われているということです。1回1回の能の舞台や稽古、そして能に携わることでご縁ができたかけがえのない方たち、そういったことを大切にすることで能楽師としても人間としても成長できる、と信じています。
もちろんまだまだ未熟なことだらけで、成長を実感できることなど本当に少ないです。「少し成長したかな?」と思っても、すぐに次の大きな山がそびえ立っているということの繰り返しなのですが、だからこそやり甲斐を感じていますし、一生を賭けて臨む生業であると感じています。
「離見の見」「初心忘るべからず」という世阿弥の残した言葉がありますが、自分自身を客観的に見つめ直して、いつでもその時々の自分自身が考えていたことや培っていたことを身体のどこかに残しておく、ということを心がけています。たとえ未熟であったとしても、年齢相応に自分自身が持つ心の花が一人でも多くのお客様に伝われば、これほど能楽師冥利に尽きることはありません。
プロフィール:武田宗典
能楽師観世流シテ方準職分、公益社団法人能楽協会会員。観世流シテ方職分武田宗和の長男。父及び観世流二十六世宗家観世清和に師事。暁星高校・早稲田大学第一文学部演劇専修卒。2008年1月より東京・関西・福岡を中心に、単独で能の解説と実演を見せる能楽講座「謡サロン」を主宰。 「謡サロン」を中心に年間60回ほど普及講座を開き、能の次世代継承に力を入れている。2013年には初の試みとして、ワシントン州シアトル、カナダ・バンクーバーにて計11公演のサロンを実施、全会場満員御礼となった。
The Beauty of Noh:Tomoe +Yoshinaka
『巴』と『Yoshinaka』
出演:武田宗典(観世流シテ方能楽師)ほか、能楽師8名
Garrett Fisher (フィッシャー・アンサンブル)
開催:9月26日(金)~28日(日)
9月26日(金)7pm、27日(土)2pm&7pm、28日(日)2pm
会場:ACT Theatre in Seattle
700 Union St., Seattle, WA 98101
チケット:http://acttheatre.org/Tickets/OnStage/TheBeautyofNoh#Tickets
詳細:www.nohandopera.com/#!japanese/c1nlz
主催:Japan Arts Connection Lab Five Senses,Inc.