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パシフィック・ノースウエスト・バレエ・スクール講師 中村かおりさん

ロマンチックな舞台で、ふわふわのドレスを着て、華麗に舞う。たいていの女の子が一度は憧れるバレエの世 界。そんな憧れを実現した中村かおりさんは、シアトルの誇るパシフィック・ノースウエスト・バレエ(PNB)団 のトップダンサーとして、長年舞台の中央で踊り続けてきました。現在は、同バレエ・スクール(PNBS)の指導者 として活躍する中村かおりさんの人となりに迫ります。

取材・文:渡辺菜穂子 写真クレジット:©️Angela Sterling

バレエの伝道師

「白鳥の湖」「ジゼル」「ドン・キホーテ」など、数々の古典作 品で主役として舞台に立ってきた。トップダンサーとして 長年、舞台の中央に立ち続けることは並大抵ではないと思うが、どうモチベーションを保ってきたのだろうか。「バレエというものが私にとって、生活の一部になっていて、自分がやりたいことをできるまで続けてきただけです」と、気負いのない穏やかな口調で語る。2014年に、惜しまれながら引退した時は44歳。舞台上では最後まで、元気でお茶目な少女にも、恋に憂う情熱的な女性にも、高貴な姫にもなった。「歳を重ねるごとに、踊り方や、役の解釈の仕方も変わってきて、それもおもしろく感じていました」

「無邪気さのような、しかし明らかに確固とした魅力がある。その上、驚くほど真剣に芸術を追求する心は、彼女と共に働いた全ての人に賞賛されている」と話すPNB創設者のケン ト・ストウェル、フランシア・ラッセル両氏は、ダンサー中村かおりをうまく描写している。だが、本人に自分でどんなダン サーだと思っているかを問うと、「わからないです」と苦笑いする。「私は与えられた役を、ただ一生懸命やるだけです」と。

中村かおりさんと話していると、バレエというのは西洋の伝統芸能なのだと改めて実感する。代々受け継がれる様式美。そして、それを理解し継承することに全力を注ぐ人がいる。バレエとは、そんな伝道師たちのおかげで、時間をかけて形成されてきた芸術のひとつなのだろう。

チュチュとトウシューズで舞台に立つロナルドハインド振付眠れる森の美女よりオーロラ姫を

愛情と厳しさを

現在は講師として、後輩ダンサーたちの指導に当たって いる中村かおりさん。講師としても評判は高い。PNB芸術監督でありPNBSディレクターのピーター・ボール氏は「彼女は理想的な先生です。世界的バレリーナであった頃と全く同じように、指導者としても中心的な役割を果たしています。温かい励ましやサポートと共に、最高水準のテクニックを教えています」と評価するが、本人に言わせるとやはり、どんな先生であるかは「わからない」そうだ。

ただ、イメージしているのは日本の恩師、山本禮子先生だという。「山本先生は、バレエだけでなく、私生活にも厳しい方でした。私は先生の所に住み込んで、掃除洗濯に食事の準備などもやりながら、挨拶や礼儀作法も叩き込まれました。 厳しくて、厳しくて、でも愛情を注いで私を実の娘のように扱ってくれました」。そんな恩師に倣って、自身もバレエの テクニックに限らず、マナーも教えようとしている。「どちらかというと厳しい先生かもしれませんね、小さい子には特に。おしゃべりしている子、集中していない子には、『何であなたはここにいるの?』『レッスンに来ているの、遊びに来ているの?』と優しく諭します」。温和な声のトーンと優し い微笑み、しかしその真剣な眼差しを向けられると、インタビュー中のこちらまで思わず背筋を伸ばしてしまう。

パシフィックノースウエスト バレエスクールのサマー コースにて

「私はバレエを、ただの習い事ではなく、プロ意識を持ってやって欲しいと思っています。踊りにはその人の心が映し出されるので、プロダンサーになるには人間性も大事です」。もちろん習い事のつもりで来ている子どももいるので、そこは難しい。「小さい子には楽しんでもらわないとバレエは続かないし、頭ごなしに戒めて子どもたちをビクビクさせてしまってもダメです。愛情を込めた厳しさが必要です」

教えるようになってから、バレエの難しさを改めて感じるそうだ。現在、自身がレッスンを受けるときは、より頭を使って考えるようになった。「自分が舞台に立っていたときは、あまり考えていなかったのですが、今はレッスンを受けながら常に自分の体をチェックして、生徒に教えるために筋肉の働きや使い方を意識しています」。バレエは全てが「ターンアウト」、足を横向きにし股関節を外側に開くこと、だという。しかし、それが生まれながらにできる子もいれば、そうでない子もいる。「生徒一人ひとりによって体が違うので、一人ひとりへの言い方、教え方、伝え方も変わります。難しいです、バレエは」

現在、8歳から18歳を対象としたクラスで、レベル1から プロフェッショナル・ディビジョンまでを担当している。また昨年からPNBSサマー・クラスのオーディションを日本で も開催し始めるなど、活動の幅が広がっている。「これからはもっと日本で教える機会も増えて欲しいと思っています」

バレエひと筋で突っ走ってきた

7歳でバレエを始めた。「踊りたいというよりもトウシューズとチュチュへの憧れがきっかけです」。小学4年生で初めてコンクールに出て、5年生で3位に、6年生で2位に、中学生で1位になった。そして勧められるがままに世界的バレエダンサーの登竜門、ローザンヌ国際バレエ・コンクールに出場し、優勝。スカラシップを得てニューヨークのスクール・オブ・アメリカン・バレエに1年間留学した。とんとん拍子にトップバレリーナへの道を歩んできたようだが、挫折や、他の道を考えたことはなかったのだろうか。「練習が辛いとかできなくて辛いとか、そういうことはしょっちゅうですが、バレエをやめようと思ったことはないです」

楽屋で準備中

こうと決めたらやるしかないと、バレエひと筋で突っ走ってきたそうだ。「高校も行かなかったんです。バレエをやるなら高校に行っても仕方ないと思い、親を説得しました。今思うと子ども心の未熟な考え方だったのですが、若かったから怖いもの知らずで。ブレーキがなかったです」。それで、高校の代わりにニューヨークに行ったのだから、両親はさぞ心配だったことだろう。30年以上前の日本ではバレエで生活していくことが想像できなかったし、けがをして踊れ なくなる可能性もある。当時は何も言わなかったが、特に父親は、本当は高校くらいは行って欲しいと思っていたようだ。「それでもやらせてもらったので、両親には感謝しています。あの時高校へ行っていたら、今どうなっていたかわからないですね」

現在は自身にも6歳になる娘がいる。それでは、自分の娘が「高校へ行かずにやりたいことに専念したい」と言ったらどうするのだろうか。「うーん、まず反対すると思いますね。親としては」と、笑みがこぼれ母親の顔になった。「娘は4歳でバレエを始めて、5歳で引退しました。気が強い子だし、じっと我慢してゆっくりやることが苦手なので、バレエには向いていないですね。今は体操をしています」

プロとはやるべきことを一生懸命やること

中学生で決意したバレエの道を、迷うことなく進んで きた中村かおりさん。となると、現役ダンサーからの引退は、大きな変化だったのではないだろうか。「ダンサーを引退したことで、バレエを教えることに専念できるようになりました」と、返ってくる返事は、やはりバレエだ。まさにバレエが生活の一部で、バレエというものの中で、できることをやっている。何の変哲もない、ごく普通の言葉のようにも聞こえるが、実際ここまで徹底している人は珍しい。子どもたちにも持って欲しいと願う「プロ意識」とは、どんなものなのだろうか。「プロとは、やるべきことを一生懸命にやることです」

バレエと共に生きている中村かおりさんに、シアトルのオススメのバレエ公演を聞いてみた。「日本だとバレエの世界はかしこまっていて、関係者しか見に行かないというイメージがあるのですが、シアトルではもっとい ろいろな人が見に来てくれます。バレエを見たことのない人は、まずは気軽にPNB公演を見に来て欲しいです。 毎年、ホリデー・シーズンに行われる『くるみ割り人形』 は、わかりやすく、楽しい作品です。公演前のロビーでは イベントが行われるし、ドレスアップした子どものお客さんも多く、かわいいです。2015年にバランシン振付版にリニューアルしたので、以前見た人も、違うバージョンと見比べることができます。あと今シーズンは、2月にバレエの名作『白鳥の湖』も行われます。とても注目されている人気作品です」

アレクセイラトマンスキー振付ドンキホーテにてキトリを

中村かおり■群馬県出身。山本禮子バレエ教室とアメリカ随一の名門 校、スクール・オブ・アメリカン・バレエでトレーニングを受ける。日本 国内コンクール受賞歴に加え、1986年にローザンヌ国際バレエ・コン クール優勝、1988年にヴァルナ国際コンクールで銅賞受賞。1990年 にカナダのロイヤル・ウィニペグ・バレエに入団し、1995年プリンシパ ルに昇格。1997年にパシフィック・ノースウエスト・バレエに入団し、 翌年プリンシパルに昇格。2014年からパシフィック・ノースウエスト・ バレエ・スクールの講師陣に加わる。

 

パシフィック・ノースウエスト・バレエの今後の公演

場所:Marion Oliver McCaw Hall at Seattle Center | 321 Mercer St., Seattle, WA 98109 | McCaw Hall ウェブサイト

 

くるみ割り人形 George Balanchine’s The Nutcracker®

11月24日(金)〜12月28日(木) The Nutcrucker(PNBウェブサイト)

「白鳥の湖」「眠れる森の美女」と並ぶチャイコフスキー3大バレエのひとつ。少女クララが、クリスマスにくるみ割り人形をもらったことから、おとぎの世界に連れ出される。ネズミの王さまや金平糖の精などが登場するファンタジックな物語。20世紀を代表する振付家、ジョージ・バランシン氏 による作品で、子ブタの絵本『オリビア』を手がけたイアン・ ファルコナー氏が舞台セットとコスチュームを担当する。

白鳥の湖 Swan Lake

2018年2月2日(金)〜11日(日) Swan Lake(PNBウェブサイト)

王子ジークフリートとオデット姫の悲しい恋物語。主役のバレリーナが白鳥オデットと黒鳥オディールを一人二 役で演じる。性格の違う2つの役を踊り分けなければならないこと、32回連続フェッテなど高度な技巧が含まれ るなど、難易度の高い作品。ケント・ストウェル前芸術監督による振付。聞き覚えのある美しくも物悲しいメロディーは、チャイコフスキー作曲。

 

パシフィック・ノースウエスト・ バレエ・スクール

1974年設立。全米トップ3のバレエ研修機関として知られている。シアトル校(301 Mercer St., Seattle, WA 98109)とベルビュー校(1611 136th Pl. NE., Bellevue, WA 98005)を合わせ、1,000人以上の生徒が所属する。オーディションなしで受けられる7歳までのChildren’s Division、8つのレベルに分かれたStudent Division、プロダンサーを目指すProfessional Divisionの3つのコースがある。「モダンやパドドゥ・クラスなど、さまざまなクラスがあります。練習に毎回ピアニストさんがいるのも素 晴らしいです」と、中村かおりさん。バレエ団の併設学校として、全幕物の子役、6月のスクール公演など、生徒たちが舞台に立つ機会もある。「生徒が舞台に立つのを見るのは、自分が踊っているのと同じぐらいうれしいですし、心配ですし、ヒヤヒヤします」

ウェブサイト:Pacific Northwest Ballet School

渡辺 菜穂子
北米シアトル在住のライター/編集者。現在はフリーランスとして、シアトル情報全般に関わる取材&執筆を引き受けている。得意分野はアート&エンターテインメント、人物インタビュー、異文化理解。元『ソイソース』編集部員。ピアノ、さる、旅、日本語の文法分析が好き。